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帰りたい(6回目)  視線!視線!視線!


 軍の幹部合計3人の失踪────そのニュースはしたっぱの私でさえ、軍の行く末が心配になるほどの大問題だった。



「なに? バルザムが幹部になったのか!?」


 しかし、とっくに軍を抜け極楽とんぼのアデクさんは、それよりもバルザム隊長の出世の方が気になるらしい。


「え、えぇ。2年ほど前に殺害された別の幹部の人と、立ち替わりで」

「マジかよ。そんな器じゃなかったのになぁ」


 器じゃない────仲が良かったと言うだけに少しヒドい話である。


「幹部に向いてないってことですか?」

「それどころか、軍人に向いてねぇ。優しすぎるんだあいつは。そのせいで色々苦労させられてたよ」


 嫌なことを思い出したというような顔で短くため息をついてから、アデクさんは脱線した話を元に戻す。


「というか、幹部のバルザムが教官てことは、今は幹部でも新人教育やらなきゃいけないのか? 軍はどんだけ人材不足なんだよ……」

「いえ、幹部が教官をやる制度は3~4年前から出来上がったものですよ。

 よくは知らないんですけれど、なんか『新人育成の推進』とか何とかいう決まりごとに則ってるらしいです」

「また面倒くさいこと始めやがったか」


 私は言葉の端々から、アデクさんが今の軍に対して不信感を感じていることが分かった。


 そして私はまだ彼の性格が分からないので、彼が「そんな面倒くさいところには戻らない」、と言うのか、「そんなに荒れているならオレが変えなければ」と意気込んでくれるのか、分からない。

 なるほど、通りでこの任務は幹部が出向かなければいけないわけだ。


 おそらく元々は、直接軍の幹部であるバルザム教官が話をつけに来ることで、アデクさんに誠意を見せるつもりだったのだろう。

 隊を引き連れることによる人海作戦という目的もあったかも知れない。


 しかし、そんな当初の目的は大幅にズレて、隊の中ではしたっぱの私一人が彼と話しているのだから、これほど役に不相応なことはないだろう。


「まぁ、そうはいっても実際、教官業務を行ってるのは幹部でもバルザム教官を含めて3人だけですよ?

 皆さん優秀な方なので問題なく両立は出来ています」

「へぇ~、オレの知らない間に軍も変わったんだなぁ……」


 アデクさんは興味無さそうに応答する。

 この人が所属していた頃の軍は、もっとマシなところだったのだろうか。



   ※   ※   ※   ※   ※



 その後も他愛の無い話や今の状況などを大雑把に話しながら私達は森を進んだ。


 アデクさんはこの迷いの森や近隣の村以外はここ数年ほとんど行っていないらしく、私の話を相づちをつきながら聞いていた。

 逆に私も彼の森での暮らしぶりやきーさんについての話は興味深く、案外私達の会話が途切れることはなかった。



 しかし、当初の目的である仲間探しは思った以上に難航し、私達はなんの成果も得られることなく、森のど真ん中で夕焼けを拝むことになってしまったのだった────


「そろそろ暗くなってきたな。この辺で今晩は休むぞ」

「あ、はい。分かりました……」


 夜の間、森の中を無理に動くことはとても危険だ。

 魔物がいると分かっている森なら尚更なおさら


 その考えは例え【伝説の戦士】といえども同じようで、アデクさんは手頃な木の根に腰を下ろし、そそくさと荷物を広げ始めてしまった。

 本当は今すぐにでも探しに行きたい、しかし私が森歩き初心者な以上、やはり危険は伴う。


 焦る気持ちを押さえ、私は薪を拾ってきて、火をつけ始める。

 春先の今は少しまだ肌寒かったので、乾いた木々にマッチから勢いよく火が燃え上がる様は、私に安心感を与えた。


「ところでエリアル、質問ばかりで悪いんだがよ」

「あ、はい」

「手は止めなくてもいいよ。あとついでに、1本やるからこれ焼いてくれ」


 アデクさんはバッグから出したトウモロコシを2本私に投げてよこした。

 焼きトウモロコシか────そそられる。


「さっき言っていた軍の最高司令官の話だが、確かその連中は3人いなきゃいけない決まりだったよな?」

「はい、そうですね。そのうち1人は、2年前の任命当時からずっと非公開なので、実質今は2人ですけど。

 街ではそれが誰だと言うことで、賭けにもなったりしていて」

「へぇ、そう」



 2年前────最高司令官が決まった、あの日の新聞の記事が、私の頭には未だに鮮明に残っている。


〈新たなる最高司令官決定! しかしその正体は伏せられたし!〉


 今まで最高司令官と言えば3人いるのが当然で、名前も来歴も性別さえも、全てが非公開と言うことはまず有り得なかったので、それだけに大ニュースになったのだ。



「あっ、そうだ。アデクさんにも結構な額が賭けられてるんですよ。何せ【伝説の戦士】ですから」

「オレが最高司令官? 冗談だろう。誰がそんな面倒くさいことするか」


 いかにもバカらしいというように、アデクさんは腕を横に振って否定する。

 パチパチと燃え始めた枯れ木で暖をとりながら、アデクさんに大量の賭け金を出していた先輩兵士のことを思い出し、少しかわいそうだなと思った。


 そういえばその先輩兵士もバルザム隊の一員で、今は行方不明なのだ。

 賭け金の取り下げは出来ないのだし、無事に助かってもアデクさんが最高司令官でないことは黙っておこう。


「ところでエリアル。まさかあのクソジジイは、まだ最高司令官を続けてるのか……?」

「あのクソジジイ? あぁ、アンドル・ジョーンズ司令官ですか?

 はい、高齢ですがまだ現役で────」


 その瞬間空気が凍りついた事に気付く。

 はっ、と顔をあげるとアデクさんが眉間にしわを寄せ、たき火を睨んでいた。


 そして、初めて会った彼からは想像もできない程、深く湿ったため息をついた。


「え? あ、私何か失礼なことを────」

「ああ、いや、お前さんは関係ない、嫌な気持ちにさせて悪かったな。

 ただあのじじいがトップを続けている限り、オレは帰る気はねぇ。それだけだ」

「え、ちょ、待って────」


 アデクさんは会話を無理矢理終わらせると、私の言葉を無視してさっさと寝てしまった。

 しまった、余計なことをいってしまったか。まだトウモロコシも焼いている途中なのにさっさと寝てしまうなんて、余程この話には触れたくなかったのだろう。


 クソジジイ、か。アデクさんはアンドル・ジョーンズ最高司令官に恨みでもあるのだろうか。

 何にしてもこのまま交渉が決裂してしまうのは本当に不味いな────


「アデクさん、起きてください、もう最高司令官の話はしませんから」

「いらねぇ……」

「まだトウモロコシも残ってますよ」

「勝手に食べろ…………」

「アデクさん、だから起きてくださいって」

「……………………」


 その後いくら話しかけても、彼は寝たふり・・をして取り合ってくれなかった。


 あぁ、本当にまずい、このままでは今日一日の私のアデクさんから得た信頼がパーになってしまうどころか、下手をすれば彼を連れ戻す任務の失敗にも繋がりかねない。


 どうせバルザム教官が交渉してもこの話題は出たのだろうけど、私が話したと言うことがまず問題だ。

 これは私の責任にされかねない、それは色々とマズい。


 しかし、もうこうなってしまったら今晩はどうしようもないので、私も腹ごしらえを終えるとさっさと寝ることにした。

 アデクさんも明日になれば考えを変えてくれるかもしれない。


『あ、あづっ』


 こんなにいいトウモロコシなのに、アデクさんの事が気になって全然味を感じなかったのはとても残念だった。

 ただ火傷した舌だけはジンジンと嫌な感じが残る。


 軍支給のやたらパサパサしたパンと、この暖かい陽気ですっかり温くなった常温の水はやたら不味く感じた。

 何にしても今日はずっと歩きっぱなしで私も疲れてしまったのだ、こんな時はストレス解消を程よくするに限る。



「きーさん、こっちで一緒に寝ませんか?」


 アデクさんの近くで丸くなっていた黒猫に話しかけると、意外にもとても素直にこちらにすり寄ってそのまま再び丸くなる。


 自分は寝るから勝手に撫でろ、と言っているようだ。

 では遠慮なく────


 昼間きーさんとじゃれ合っていたときから分かってはいたが、やはりこの猫の毛並みと羽並み(?)は、相当整ったものである。

 “キメラ・キャット”そのものがこの毛並みなのか、それともきーさんが特別なのかは分からないが、とにかく私が今まで触った猫の中でも3本の指に入るほどの触り心地だ。


 毛艶けづやもよく毛玉もほとんど見当たらないのは、栄養状態も良く健康な上に、きーさん自身が相当入念に手入れしている証拠だろう。

 指先に触れる真っ黒な毛先は、夜の闇に溶け込んでもなおたき火の光に当てられその存在感を示し、真っ暗な中に浮かび上がる純白の翼はまるで自分から光っているようでもあった。


 毛のもふもふと羽のふわふわを同時に両立させた生物がいたことも驚きだが、その生物が私に懐いてくれると言うのもとても驚きだった。

 ここまで毛の手入れに神経を使っているのに私に体を触らせてくれるのは、この猫が私の今の状況を分かって遠回しになぐさめてくれているのだろう。

 まったく、この猫は心のオアシスだ。


 至上の毛並みと羽並みに癒されつつ、私がウトウトしていると、きーさんの背中の羽が私の顔を撫でる。

 あー、くすぐったいけど気持ちいい────



「おい、エリアル!!」

『はいっ!?』


 突然叫んだアデクさんに私は驚かされてほとんど絶叫に近い返事をした。

 さっきまで寝たふりをしていたのに、急に大声を張り上げるなんで、余程昼間のあれが気に食わなかったのか。


「な、なんですか、また急に……」

「いいからさっさと荷物まとめて移動するぞ!」

「なんでですか? そんな急にどうして────」


 言われて、私は周りの気配に注意を払う。


「これは…………!?」

「お前さん、気付いたのか……? “ウルフェス”の群れだ、完全に囲まれた。

 あり得ない数の気配が、あり得ないほど急に! 数千はいるぞ!!」



 確かに辺りの森から、莫大な量の視線を感じる。


 これは、ヤバイ────!!



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