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え、それは嫌だな。私帰っていいですか?
RS世代
異世界ファンタジー戦記
2024年08月03日
公開日
1,217,950文字
連載中
『死んだ魚の眼をした少女の、異世界バトルファンタジー!』


 どこかの世界、どこかの海、そこに浮かぶ大きな島「アイリス」。

 その島の南に位置するとある王国にて、軍の幹部2人が謎の失踪を遂げた。

 空いてしまった幹部の座を埋めるべく、数年前に引退した【伝説の戦士】を再び勧誘するため、彼の住む迷いの森をバルザム隊は訪れる。


 しかし隊のしたっぱ少女エリアル・テイラーは仲間達とはぐれ遭難し、森に住む魔物の襲撃に遭い深手を負ってしまった。

 その時何者かによって助け出され眼を覚ました彼女を待ち受ける、衝撃の事実とは────


イラスト:佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame )に描いていただきました。

帰りたい(1回目)  小さな猫



 あぁ、帰りたい────



「はぁ、はぁ……うぐっ……」


 自己紹介は後でちゃんとするので、まずは私の話を聞いてほしい。

 私は今、森の中で狼の群れに襲われている真っ最中だ。


 逃げ続けて、もう数時間に及ぶだろうか。

 16歳の少女がここまで走れたというのは、驚くべきほど長い時間、私は狼から逃げ続けていた。


 もちろん私に人並み外れた体力があるわけでも、それを支える強靱な肉体があるわけでもない。

 今の私を支えているのは、生への執着。その一点のみだった。



 しかしたった今、私のその敗走も、限界を迎えた。


 先程木の幹に足を取られ転んでしまい、あまり健康的とは言えないこの白すぎる肌を、しこたまあの鋭い牙で噛まれてしまったのだ。

 その時は狼たちをなんとか引き剝がせたけれど、彼らは振り払っても振り払っても、まだしつこく私を追跡してきて────


 ついに私は逃げることを諦めた。



「はぁ、はぁっ──もう無理、痛い、吐きそうです……」


 いや、諦めざるを得なかった。

 噛み傷はあまり深くはないが、滲む血、走る鈍痛どんつう

 体力の限界や延々と続く緊張感も相まって、もはやこれ以上逃げ続けることは不可能なほど、私は弱っていた。



 見渡すと、周りには10頭を越える狼が、私を取り囲んでいる。


 じきに彼らは、私の喉を掻き切るために、動き出すだろう。

 その前に、何としてでも、また再び逃げるための体力を回復しなければ────


「っ…………!」


 痛みに耐えながら木の幹に背中を預け、何とか倒れないように意識を保っていると、森の合間を縫って少し強い風が、私の髪を揺らした。

 その風に雲が散らされ、月明かりで私を囲む狼の姿も露わになる。


“ペガラタタタ……”

「変な鳴き声ですね。あれ……?」


 月に照らされたその獣たち。

 よく見ると、正確にはそれらは狼ではないことに気付く。


 さっきの奇妙な鳴き声もそうだけれど、彼らには両側に5つずつ、鋭い目が並んでいる。

 野生の狼は私の故郷にはいなかったので実際に見たことはないけれど、目が左右合わせて10個もあるのは、流石に異常だろう。


 他にもよくみたら足が6本あり、舌は蛇みたいに2つに割れている。

 先ほど噛まれたときには必死で気付かなかったが、よく考えたら毛が針金みたいに堅かった気がする。

 普通の狼と違うところを挙げ出したら、キリがないくらいだ。


 それに────



『んっ……なにこの臭いっ?』


 例えるなら、頭をかち割るような強烈な悪臭に、私は思わずゴホゴホと咳き込んだ。

 卵の腐ったような匂いのようであり、以前嗅いだことのある気つけ薬のような匂いでもある。


 いったいどこから────



 元を探ると、自分の傷口付近からその匂いがしている事に気付いた。

 それだけではない。この狼もどきたちの口からも、きつい刺激臭がする。


 さっき噛まれた傷口の辺りからだけではなく、少し離れた先の彼らの口臭さえ強烈で、今にも鼻が曲がりそうだった。

 逆になぜ今まで気付かなかったのか、不思議なくらいだ。


 そしてこんな暗くてジメジメしていて、狼の臭いであふれたこの森で、しかも命に関わる状況で、私が思うことは1つだった。


 帰りたい────



 一刻もこの窮地を脱し、暖かい布団に暖かいベッドに潜り込みたい。

 私は最後の体力と気力を原動力に、生き残るため再び狼たちから距離を取ろうと一歩後へ動かした────はずだった。


「えっ……?」


 距離を取るはずのその体は私の意思とは裏腹に、全くその機能を果たしてはくれなかった。


 身体の力が入らない?


 手が、足が、膝が、肘が、股が、腹が、胸が、腕が、指が、首が、耳が、口が、舌が、喉が、瞼が、そして鼓動が、脳が。

 私の身体の全てが弛緩しかんし、動かなくなるのが分かった。

 視界がぼやける。世界がグルグル回る。


 ダメだ、私は立っている事が出来なくなり、その場にガクリと倒れこむ。

 森の獣たちはそれを見ると、ニヤニヤと私を嘲笑うがごとく口角をあげ、こちらに近づいて来た。


「ま、待って、こんなの聞いてない……ですよ……」


 まずい、これは、本当に死んじゃうかも────


 するとこの極限状態で自分の中に押し殺していた感情と恐怖が、最期の最期で火を噴くように押し寄せていることに気付く。


 死にたくない、立ち上がらなければ。死にたくない、逃げなければ。死にたくない、戦わなければ。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない、帰らなければ。


 私には、まだやるべきことが、果たせていないことが沢山あるのに────!



『だ、れか……』


 私は呂律ろれつの回らない舌を必死に振り回し、最期の気力を頼りに心の悲鳴を吐き出した。

 誰に聞こえるかも分からない、そのか細く消えかけた炎が、森の乾いた空気と混じって消えて行く。それでも────


『誰か助けてっ……』



 瞬間、目の前の全てが吹き飛んだ。私を取り囲んでいた沢山の狼が、一瞬にして目の前から消え去る。


「えっ……?」


 叫ぶと同時に起きた衝撃。それから少し遅れて、わずかに残った嗅覚でも感じられるほど強烈な狼の口臭が消えて、鉄の匂いが漂ってきた。

 いや、鉄よりもっと生臭い────これは、血の匂い?? 


「な……に、が……起こって……」


 突然の事態に頭が回らず、意識も朦朧もうろうとし始めた私の顔の近くに、動く影が近づいて来た。



“大丈夫?”


 薄れゆく景色の中で私が見たのは、真っ黒な毛並みと真っ白な翼を持った、小さな猫の姿だった。


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