見る間に俺たちの視界が暗くなり、明るくなったと思ったら町の真ん中、噴水広場に到着していた。
「なるほど、たしかに異世界ファンタジーだな」
「こういうのをファンタジーっていうんだねお兄ちゃん」
「ああ」
古めかしい街並みは、まるで西洋のようで、そしてどことなくカッコいい。
ゲーム内はお昼ごろ、現実とは違い晴れだった。名前を付けられそうな雲がいくつか浮いていて絵になる。
「何しようか」
「はい、そうですね」
そういいながら俺の布の服をぺたぺた触り始めるアカリ。
「ん、なに?」
「いえ、こうしてお兄ちゃんを触れる日が来るとは思わなくて」
「ああ、まぁそうだよな」
VRMMOは出そうで出ない究極のアレだったから、発売は突然だったのだ。
「ほら、往来だしほどほどに」
「はーい」
ペロっと舌を出すアカリ。かわいい。
こんな茶目っ気があったんだなと感慨ぶかい。
「ではとりあえず、町を歩いてみましょうよ」
「そうだな」
そっとアカリが手をつないだ。さりげなかったが、俺は人に慣れていないからさすがにすぐに気が付いた。
アカリの手のぬくもりを感じながら歩いていく。
小さいころは親と平気で手をつないだはずなのに、もう思い出せない。
視界はほとんど異世界みたいなものだ。
ただ注視して「カーソル」と頭の中で唱えると、そのターゲットの人たちの頭上に名前のマーカーが出る。
もちろん「マーカー」と唱えるというかイメージするだけでもいい。
通行人のなかには結構な割合でプレイヤーも含まれている。みんな似たような、けれどちょっとずつ違ったりする初心者用の布の服だからわかりやすい。
あまり、というかかなりAIの獣人を連れている人は少ないようだ。
猫耳のアカリを見ると、目をハートにするおじさんやお姉さんたちがそこそこいる。
手を見て俺の連れだとわかると、しぶしぶ通過していく。
アカリはシンプルなメイド服だから結構目立つ。
仲睦まじいサポートAIを連れている人たちはみんな恋人同士みたいに、腕を組んで歩いている人たちまでいた。
ちょっとうらやましいけど、俺たちは兄妹だからな。
兄妹でも腕くらい組む人もいるとは思うけど、恥ずかしいし。
「あら、お兄ちゃん、手じゃなくて腕のほうがよかった?」
「いや、いい」
「本当に?」
「うん」
「そっか、残念」
アカリは初めて俺と一緒に街を歩けるためか、楽しそうにしていた。
俺と一緒だからではなく、むしろどっちかというとファンタジー世界にワクワクしているのか。
そうだよな。俺なんて別にどうでもいいよな。俺のゲームに付き合ってくれてるだけだものな。
アカリの趣味はよく知らない。
マニュアルはアカリと一緒に、この1週間の間でだいたいは目を通してある。
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▽ステータス
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ステファン・マッサン
男性 人族
無職
Lv 1
HP:100/100
MP:100/100
0イジェル
攻撃力 5
防御力 5 +6
魔攻力 5
魔防力 5 +3
布の服 防御力+2、魔防力+1
布のズボン 防御力+2、魔防力+1
布の靴 防御力+2、魔防力+1
スキル:昼寝Lv1
(アイテム所持なし)
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+6と+3は布の服セットの効果らしい。
装備、アイテム服以外なし。表示はされないけど下にはちゃんと下着も着ている。
スキルはニートっぽい昼寝というスキルが。効果は表示されないので分からない。
所持金の単位はイジェルらしく、しかもゼロだった。
なんかこれだとメイド服のほうが高いような気がするんだけど、メイド服売ってもっと安い服に着替えさせたほうがいいのだろうか。
差額ももらえるし。
いやいや、本人よろこんでるし、メイドからメイド服奪ったら悲しむよな。
無職の考えだったわ。真面目に働くか。
「ああ、どっかでお茶したい。道端は人が多くてきつい」
「引きこもりですものね。でも所持金がないですよ」
「うん、しょうがない無職だけど働くぞ」
「ええ、いい考えだよ、お兄ちゃん。やっと働く気になったんだね」
「ちゃんといつも勉強はしてるだろ」
「まあね」
「とりあえず、何か仕事をしよう、ハローワークといえば冒険者ギルドだ」
「はいっ」
俺たちは冒険者ギルドに向かった。
ギルドは人は多いが出入りが激しいので、混んでいるが、並ぶ時間はそれほどではなかった。
壁際に大量の紙が貼ってあり、依頼――クエストがいっぱいあった。
「どれにするの?」
「うーん、そうだな、道の雑草抜きにしよう」
「そうですね」
俺たちはクエスト番号をメモる。受付でクエストを受領しないといけない。
受領といっても、このゲームではいわゆる「クエスト機能」がないらしい。
だから、システムメッセージで案内とかしてくれない。
美人の受付嬢がいたので列に並ぶ。
「あちらのおじさんの列のほうが早く終わりそうですよ」
「いいの、ギルドといえば美少女の受付嬢って決まってんの」
「はぁ、そうですね。お兄ちゃんのエッチ」
「なんでそうなる! これは憧れなんだよ、こういうのたしなんでる人の憧れなの」
「はいはい、列、前、空きましたよ」
「お、おう」
俺たちは列を詰める。
こちらの美少女だって仕事さばきは悪くない。ただ並ぶ人が多いってだけで。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「えっと依頼のNo.324-6826お願いします」
「わかりました。324-6826ですね。はい、それなら袋を持って、えっと異世界人の方はアイテムボックスがあるので、それで、道に生えている草を抜いて歩いてください。こちらが作業員の腕章になります」
俺たちは2人ぶんの腕章をもらった。
なるほど、ただ道をまた歩いて草を抜けばいいのか。
道の隅には確かに草がよく生えていた。
草が生えていない道もあって、何が違うんだろうと思ったけど、そうか、作業員が草取りしてるんだな。
「ついでにゴミや石なども拾ってください。以上です。持ってきたら物を見せて報酬をお渡しします」
「わかりました。ありがとうございました」