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043.釣り


 『釣り』をご存じだろうか。

 Fishing。フィッシング。魚を針と糸で釣り上げる例のアレのことだ。

 人をだます行為も釣りとはいうけど、今回はそっちではない。


 RPGでは古来から、ダンジョンの洞窟やちょっとした水場で釣りが楽しめるのが「あるある」だ。

 それはMMORPGでも継承されていて、多くのMMOでも釣りができる。


 まず、従来のPCゲームの話からする。

 パソコンゲームでは釣りはミニゲーム扱いだ。

 それで、動くバーや糸、画像などにタイミングを合わせてマウスをクリックしたり、BOT対策認証の文字入力などをする必要がある。

 実にメンドクサイ。アクションゲームが苦手な人は、この釣りのミニゲームが嫌いになるのもよくある。

 何を隠そう俺がそうだった。


 マウスを握りしめて、じっと眺めて魚が掛かると、すぐにバーがビーンと動いてタイミングを合わせないといけない。

 釣れるまで集中して見ているのも大変だし、掛かった後の合わせるのが最高に難しい。

 自動釣り機能があることもある。

 でも普通は自動釣り機能は、時間が長く設定されていて、手動よりなかなか釣れないので、デメリットも多い。

 だからアクションゲームが苦手な人は、悲しい思いをする。


 本当の釣りは、ターゲットにより、様々な仕掛けや針、糸を変える。

 マグロを釣るなら針も糸も太いものを使わないと、とても上がらない。

 切れたり、外れたりしてしまう。

 魚型の疑似餌のルアーで釣れるのは肉食魚だけだ。

 疑似餌は、小エビだったりイカ釣りの10cmぐらいの大きさだったり、全然違うのが、本物クオリティだ。

 アユはコケを食べるので、友釣りという仕掛けを使う。

 でもゲームのは当然のように簡略化されていて、同じ釣り竿ざおだけでなんでも釣れる。

 しかも餌や仕掛けの種類なんてなくて、あるのは釣り確率アップとかのゲーム的効果に過ぎない。

 多くのVR小説も、釣りの仕掛けについて書かれた話はほとんどない。

 おそらく釣りの経験がほとんどないため、書けないのだろう。

 釣りがテーマの一部の話ですらそうだった。

 コマセ、ゴカイ、ダンゴ、サナギ、エビ、イソメ、アミエビ。餌だけでもたくさんの種類があるのだ。

 VRゲームならそれらを再現することも可能だったが、開発の判断は簡略化だった。

 これは生産にも見られる傾向で、無駄なリアリティはゲームが難しくて受け入れられないだけのダメ要素と正しく理解している証拠だった。


「というわけで、今日は釣りをします」


「「はーい」」


 女の子たちはあまり興味がないかもと、思っていたが、予想よりは食い付きがいい。


 釣具屋さんに行き、リールと釣り竿、針と重りのついたセットを買った。

 これは30cm以下の小魚がメインターゲットの初心者用だ。

 50kラリルで購入できた。

 針には糸の毛針という疑似餌の一種がついていて餌がいらない。


 糸巻き、リールは現代科学が要りそうな逸品だが、とりあえずないと不便極まりないので、ご都合主義だろう。

 糸も石油系のものがないと不便だけど、オオグモ糸とかいうご都合モンスターの糸があった。


「どこで釣りますか?」


「一番近いとこ。運河にするよ」


 王都の北側には川が流れていて、そこから別れた運河が都市の中を流れていた。

 東側は海なので港があり、海から街の中まで小舟で荷物を運ぶこともできた。


 街の中の道端に移動して、運河に糸を垂らす。

 「見える魚は釣れない」という。

 そのまんまだが、こちらから魚が見えるとき、向こうも人間が見えている。警戒心が上がって、釣れにくくなる。

 よく知らない人は、糸の先端に釣り針を想像するけど違う。

 先端には鉛の重りをつける。

 しかし鉛は有毒で使用禁止になったりするので、現代では違う素材だったりする。

 針は糸を縛って、少し上についている。

 サビキとかの遊びでは、7本ぐらいの針をつけるのが普通だ。

 今回のものはそうなってる。

 ただ今回はは使わない。


「釣れたぞ」


 小魚が釣れた。

 竿に振動があって、糸を巻いたら着いてきた。

 リアル寄りのVRではこの辺のアクションは本物とほとんど同じになってる。

 PCゲームのミニゲームよりずっと楽なのが笑える。

 そう、リアルの釣りは大型魚の一本釣りとかでなければ、そこまでプレイヤースキルは必要とされない。

 ただ、ルアーや投げ釣りは、ボールを投げるみたいにするのにテクニックがいる。


 ゲームでもリアルでも場所によって釣れる種類が違う。

 ゲームでは数種類しか釣れないことがあるけど、海釣りではかなりの種類の魚が釣れるので、目的の魚を釣るのは大変だ。


「魚、魚、魚。お名前は?」


 オムイさんは俺の隣で聞いてくる。


「ボラだね。普通に河口付近にいるね。リアルではあまり食用にはしないな」


「そうですか。でも食べられるんですよね?」


「もちろん食えるよ」


 ボラは「出世魚」だ。大きさで呼び名が変わる。どう変わるかは知らないが、とにかくそうだ。

 トドのつまりとはボラの最終進化がトドなので、最終的につまりという意味で使われる。


 他の子もちょくちょく釣れていた。

 釣れた魚を針から外すのが苦手の人が結構いる。

 釣りあるあるだと思う。

 背ビレに毒針がある魚もいるのでリアルでは注意も必要だった。

 あとフグ系を間違って食べてあたる人もいる。


「キター。あっ、ゴミだった」


 MMOゲーム釣りあるあるのひとつで、ゴミが釣れる。

 現実でも海底にあるものが引っ掛かるのはよくあることで、釣り人泣かせだ。


「ゴミですか、残念」


 オムイさんもしょんぼりだ。


「兄ちゃん、次は頼むよっ」


 リアル妹、モエコも俺にくっついて見学中だ。

 あれからフレンドコードを交換して、よく俺の回りをウロチョロするようになった。


 暇だから、ことわざを解説して過ごす。

 漁夫の利。第三者が儲かることのたとえだったと思う。

 エビで鯛を釣る。エビみたいな価値のないもので、価値の高い鯛を得ることのたとえだ。

 水清ければ魚まず。きれいすぎると魚だって餌がなくて住めない。人間も規律が厳しすぎると生活しにくいという意味だ。

 腐っても鯛。腐ったとしても価値があるという。腐女子の説明に便利だ。


「うお、大当たりだ」


 凄い引きだった。

 釣り竿がしなって折れそうだった。

 針が外れて逃げられた。これをバレるという。

 逃がした魚は大きい。ということわざもある。意味はそのまんまだろう。

 逃がしたものは得たものより、大きく感じるという未練があるようなことだ。

 魚や漁に関することわざ、たとえは沢山ありすぎて紹介しきれない。


「あっ掛かった」


「私も掛かりました」


「俺も来た」


 群れが釣り竿の前を通ると、一斉に掛かることがある。

 みんな、2、3匹と一度に釣れる。大量だった。

 釣れない子もいる。多分、糸の長さ、深度が違うんだと思う。

 表層、中層、底で釣れる魚の種類は異なる。

 例えば、ヒラメ、カレイ、カサゴなどは底にいる。


 都市部の河口でのボラは臭みがあるため食用にしないが、ここは異世界だ。

 臭みさえなければ、味はいいという話なので、かなり期待できる。

 珍味カラスミもボラの卵巣で食用にされる。


「あ、なんかザリガニが釣れたぜ」


 婦女子、ボクっ子のセリナがザリガニ? を釣り上げた。


「セリナ、それ、ロブスターじゃね?」


「あぁ、ほんとだ。ロブスターだった。やった。やったぜえ」


 ザリガニとロブスターではその価値がだいぶ違う。

 味は似てるという噂だが真偽のほどは不明だ。

 ちなみにロブスターはザリガニの親戚なので、ザリガニである。


「セリナちゃん凄いです」


 オムイさんも感心している。


「セリナよくやりました」


 ルルコも褒めている。みんなで、ロブスターを観察した。


「よし、みんな、ターゲットを変更だ。底を狙え。ロブスターだ。ロブスター」


「「「はーい」」」


 底を狙うには、糸を出していって、重りが底に着くと軽くなるので分かる。

 目に見えなくても、そうやって深さを測るのが普通だ。



 この日、大量のボラっ子とロブスターを人数分は確保できた。

 もっと早くやるべきだった。


 その場で、すでに購入済みの魔石七輪を並べて、ロブスターを焼く。

 味は塩、コショウそしてバター。

 この都市では牛の飼育が盛んで、バターやチーズも豊富に売っている。

 一人あたりロブスター1匹でボリュームもある。

 女の子たちは太らないのをいいことに、爆食いである。

 ボラはオムイさんに捌いてもらって、刺身にした。

 醤油がない。なんということだ。

 塩味で我慢だ。これはこれでうまい。


「美味しいです」


「ロブスター甘い。ボラうまい」


「「「おいしー」」」


 みんなで楽しめた。

 ちなみに釣りも生産活動としてカウントされて、経験値も溜まる。


 現実世界では、外来種問題、漁業権問題などもあり、かなり窮屈だか、ビバ異世界。この世界には細かいことを気にする人なんていなくて、大変助かる。


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