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010.VRの恩恵


 中央広場まで来たら、少年少女がギターいや、リュートを弾いていた。

 オープニングテーマになっているアレだった。


 少年たちは5人。木の縦笛を吹いている人が3人。リュート奏者が2人。

 年齢は16歳ぐらいだ。

 その年で、安月給半月分の値段のするヘッドギアを購入するにはかなり勇気のいる決断だろう。

 子供だからこそ、欲しい場合もあるとは思うけど。


 その演奏を二人で聴く。

 俺は滅多に「聞く」以外のキクを使わない。理由は面倒くさいからだが、今回だけは「聴く」を使わせてもらった。

 ちょっといい感じになってきて、手とかつないじゃおうとか思うが、彼女のほうにはその気はなさそうだ。

 オープニングテーマ以外にも曲があって、何曲か拝聴させてもらった。


「あの看板見て」


 そっと彼女が優しい声で言った。


 そこにはこうある。


 聴覚障害生徒の会

 ●リュート●

  ★マーク

  ★ライラ

 ●リコーダー●

  ★サンダー

  ★フィーチャー

  ★トーマス


 名前は英語風だが全員日本人顔だ。

 ヘッドギアは耳ではなく頭で聞くのだろう。

 そして、この世界では耳が聞こえるということだ。

 実際には聞こえなくても楽器演奏は可能だが、間違いなどに気がつかないなど弊害がある。

 間違いが分からないと、練習だってうまくいかないわけだ。

 ちなみに太鼓演奏やドラムは体で感じることができ、人気だったりする。

 花火も人気が高そうだ。

 健常者だって花火を体で感じるでしょ。


「拍手、ありがとうございます」


「私たちは、メーカーの協力で発売前からヘッドギアを使っています。楽器はARモードでも演奏練習もしています」


「この世界やARモードを使えば、私たちでも普通の音を聞くことができます。このような機械を開発してくれて感謝しています」


「演奏が気に入ってくれた人はチップをどうか、お願いします」


 話し方に若干の癖がある。

 耳が聞こえないと、自分の声がどんな発音をしているか分からないから、そうなりやすい。

 女の子が帽子をひっくり返して周りの観客を回ると、みんなが金貨とか銀貨を入れていく。

 俺たちは今日お金を初めて貰ったので、資金が少ない。


 1k硬貨。たぶん銀貨に「1k」と刻印されているものを実体化して、帽子にそっと入れた。

 「支払い」のほかに「実体化」というホログラムボタンがあるのだ。

 こうやって使うんだな。


「ありがとう」


「いいえ」


 女の子は可愛い声でお礼を言ってくれた。

 思わず笑顔になる。


 隣のオムイさんも同じ1k硬貨を入れる。あ、でも3枚入れていた。

 2枚でないのは、祝儀みたいなものだろう。

 あるいはお賽銭さいせんだ。


 時間はもう夜中の0時前ぐらいなので、今日の演奏は終わりのようだ。


「また、機会がありましたら、お越しください。この広場で待っています」


 全員で礼をした。

 本人たちは手話で会話をして、ログアウトしていった。


 ところで金貨なんだけど「1M」って書いてあると思うんだよな。

 いやブルジョアは違う。

 さすが第一陣もしくは富豪NPCさん。

 集まっているのはなにもプレイヤーだけではなかった。


 開発はこういう支援もしているということが分かった。

 あたり前だが、VRギアよりも医療用のほうが優先度が高いわけで、同じところが開発していても何ら不思議ではない。


 俺たちは頭の中で文章を考えるとき「声」的な表現で、考えると思う。

 聴覚障害者、特にろう者はどうなっているのかとか、疑問が湧かないだろうか。

 でも俺たちだって赤と言われて頭で考えるときは色を思い浮かべているから、最終的には人間はイメージを並べて思考していることになる。

 そういうのも、ヘッドギア開発の参考になっているのだろう。


 ついでに言えば、音声読み上げ、音声入力装置は、携帯端末にも標準装備なので、障害者が外で会話したいときも今は普通に対応できる。

 携帯電話すらなかった時代は苦労したかもしれないが、筆談という手段はあった。


 VR機器の医療への応用または先行技術はVR小説あるあるだ。

 医療技術として最初に実用化されて、それが安くなってから一般向けになる。

 1千万のヘッドギアとか一般向けに売れるわけがない。

 もう一つの技術のもとは軍事技術だが、この国はあまり軍事を頑張っていないので、国産技術というと若干嘘くささが出てくる。

 実は軍事系技術も数は多くないが研究はされている。

 地味だったり、日の目を見なかったり、最終的に他国で採用されたりして、国内で報道されないだけのようだ。


「私たちも終わりにしますか? 日も沈みそうです」


「ああ、明日はどうする?」


「私は午後6時からですね。ゲーム内的に言うと、明後日の早朝です」


「俺も同じだと思う。えっと、あの」


「なんですか?」


「フレンド、登録いい?」


「あ、そうですよね。登録しないと場所とか連絡が分かんないんでしたね」


「そそ」


 俺たちはホログラムメニューを操作して、フレンドコードを交換した。


「ぷっ、なにこれ」


「どうした?」


「だって『VRで初彼女あるある。ねーよ』って書いてあるから」


「ああ、そんなこと書いておいたな」


 個人データのところに、一言おしらせを書ける欄があって、フレンドリストのユーザーに視線を合わせると、ホログラムが浮かんでくる。


「『オムライスおいしいです』だってあれだろ」


「いいじゃないですか」


「いいけどね」


「では、また明日。待ち合わせどこにします?」


「じゃあ面倒だから、ここでいいか? ここで落ちたらここで復活だろ、たぶん」


「はい、ではここでさようならです。アディオス」


 そういうと、オムイさんは電子の粒子になって消えていった。

 きれいだった。


「本当にゲームの世界なんだな。なんか幻みたいだった」


 俺もログアウトする。



 次の日、普通に起きて仕事に行き帰ってきて約束の午後6時にインする。

 現実は日が沈んだところだが、こちらは日が昇ってきたところだった。


「おはようございます」


 目の前には、昨日と同じ位置にいるオムイさん。


「あ、ああ、おはよう」


 朝から笑顔がまぶしかった。


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