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013.狩場飽和


 のこのこ歩いて、外の牧草地帯を進む。

 低めの柵があって囲われている。


「薬草適当に採りながら進もうか」


「はい」


 宣言した通り進んでいく。

 ちなみに、オムイさんは金髪ロングで、後ろ姿もぐうかわである。

 地味なマントも異国風で、今はフードを下ろしている。

 グッジョブだ。萌えポイントを押さえている。色気は全然なく、可愛いだけだ。


「可愛い可愛いタンポポさん♪」


「ん」


「タンポポさんは、お金にな~る♪」


 酷い歌だった。

 最初は無邪気な花をめでる歌だったのに、守銭奴だった。

 女は金持ちが大好きだからな。

 あれは尻に敷くタイプかもしれない。

 ネカマでなければだけども。


 遠くでは柵の向こうに、冒険者がたくさんいる。

 俺たちもあれに混ざるのか、うへぇという感じだ。


「タンポポさん♪」


 まだ歌っていた。


「お金♪ お金♪ チップをあげよう」


 私腹を肥やすのかと思ったら、どうやらチップにする気のようだ。

 孤児院とか教会とか好きかもしれないから、連れていくのを検討しておこう。


 柵を乗り越えて、小川を渡ったら、戦闘地域だ。


「クロスボウよろしく」


「はいよ、キャプテン」


「せめてリーダーにしてくれ」


「了解であります。リーダー」


 俺たちは野球部でも海賊でもないんですよ。

 敵はウサギだ。VRあるあるのひとつである。

 スライム系と双璧を成す存在だった。


「きゃっ、可愛い」


「モンスターだぞ」


「でも見て、あのお口」


 お口とかエロいな。

 俺の心は歪んでいるようだ。


「そっち行きました」


 俺が槍で突き刺すと、本当に刺さってしまい、少し焦る。

 そのままウサギは消えてなくなり、地面には毛皮が落ちていた。


「ひぐっ、私のうさちゃんが死んじゃった」


「そう言われてもな」


 俺たちは今、レベル2だ。

 薬草採取で上がっていた。

 ゲームによっては、戦闘やクエスト経験値でしか上がらないものもある。

 このゲームでは、何をしても「経験」と見なされる。


 周りは敵が全然いない。いるのはプレイヤーばかり。


 『狩場飽和』状態だった。


 ユーザー集中による人気狩場は飽和状態になる。

 これは単一マップを共有するネトゲ、MMORPGの宿命だった。

 多くのプレイヤーは他のプレイヤーパーティーがいると、お互い迷惑を掛けたくないので、譲り合ったり、神経を使う。

 そういうのを嫌う傾向にあるので、ギスギスまではいかないけど、イライラしたりする。

 MOB資源の取り合いでもある。

 遠くの敵まで倒しに行くことはできないし、探し回るのは面倒くさいので、できるなら近場でどんどん倒して効率を上げたいのだ。

 でも少し離れたところには別のパーティーがいて先に倒してしまう。


 そういうのを極限まで嫌った多くのゲームデザイナーたちはMMOを放棄した。

 全員が一緒で相互作用するという前提を放棄して「インスタンスマップ」「インスタンスダンジョン」通称「ID」にしたのだ。

 これはパーティー専用マップなので、思う存分好きにプレイできる。

 でも古いMMOを知る人は「違うんじゃないか」と内心では思っている。

 あれでは「辻ヒール」も「支援」も「通り掛かりでの復活」とか野良での協力の要素まですべて殺してしまった。

 残ったのは、昔の対戦や数人だけの協力プレイの、なんちゃってMMOだ。


 MMOの普通のマップでは迷惑行為も発生する。

 でもそれは現実社会だってそうだ。

 それをうまくとりなしたりして、なんとか自浄作用とかを求めて、プレイヤー間の健全化運動とか「雰囲気」とか「空気を読む」とかそういう力が本来は求められていた。

 でも旧PCゲームでは、画面の向こうの人は「敵」みたいな認識で、同じ人間だと認識していない人間もどきのプレイヤーが存在するのだ。

 そう言う情報は酷すぎれば有名になることもあるが9割以上の対象者は別に何のおとがめもなく、普通にプレイを続けている。

 悪評でアバターがさらされたら、平気な顔で続けるか、それが不利だとしたら、別のキャラクターを作ってそちらで何食わぬ顔でプレイを続ける。

 この国ではプレイヤー=匿名であり、顔を変えられるので、どんなに悪いことをしようと、平気な顔をするのだ。


 このVRゲームは違った。プレイヤー名は固定である。変更もできない。

 身体データを握られているので、同一人物であることは、物理的に判別が可能だった。

 だからプレイヤーは使い捨てのアカウントではなく、個人に結びついた自分の本当の分身になる。

 迷惑行為をすることは、かなりの痛手を被る仕様となっていた。

 プレイヤー名が頭上に出ないのはこれも一因だと思う。

 もし名前が表示されていると、ストーカーされたときに、名前を変えられないのは致命的すぎるのだ。

 もしかしたら運営にストーカー被害を届け出れば、特例で見た目や性別、そして名前を変更できるかもしれない。

 そういうのは運営による判断なので、まだよく分からない。


 このようなアカウントの固定が旧ゲームではできなかったので、アカウント転生されると追跡ができなくて、BANしたところで、しつこいヤツには意味がないのだ。

 BANしても新規垢新規アカウントのことで再戦してくるだけで、イタチごっこだ。

 サブ垢などに重要なアイテムやお金など資金を移しておけば、被害も被らなかったりする。

 インターネットの匿名性は実はほとんどないとされているが、普通の一つのIT企業では、個人を完全に特定するだけの情報は持っていない。

 マックアドレスや機器固有IDは、開発デバッグ用などで変更できる機種があったりするため、抜け道があるのが普通なのだ。


 身体データによる認証はデータが漏れたときに変更が効かないため危険であるとされている。

 しかしVR機器では、これを使わざるを得ないこともありそうだ。

 もうひとつは個人認証カードの活用だ。

 政府などが発行している電子パスポートのようなもので、個人を識別することができる。

 現在のシステムはこちらを採用していて、万が一不正アクセスや内部犯罪などでデータが漏れても、問題ない方法が使われているらしい。


 ユーザーの匿名化は、コメントなどの荒し行為を助長するとして、大手企業も嫌っている。

 悪いことをする人はどのコミュニティーでも一定数いるということを前提にシステムを設計しておかないと、プレイヤーの合意や考え方が歪んでしまい、雰囲気が悪くなってユーザー離れを加速させる原因になる。


 堅苦しい話はこんな感じだ。

 というわけで、数の少ないウサギちゃんを、俺とオムイさんで順番に倒していく。


「オムイショット」


「はい、外れ」


「よっこいしょ」


 オムイさんが再装填する間は俺が槍でつつくだけして、ヘイトを稼いだりする。

 ヘイトっていうのは敵対値、憎悪値とか言われていると思う。

 通常の敵の頭の処理は強いヤツから倒そうとする。

 そいつを先に倒さないと、自分がやられてしまいそうだからだ。

 そういうコンピュータールーチンだけど、役割分担とかがはっきりしたタイプのゲームでよく採用されているらしい。

 しかし役割分担も度が過ぎて職業固定とかになってくると、面倒くさかったり、誰か一人のミスが全員のミスになり全滅したりするので、ギスギスオンラインの象徴ともされる問題がある。

 このゲームはAI思考なので、頭がいい設定の敵は、それらしく、そうでないやつもそれなりにだ。

 ウサギちゃんは別に目の前の敵とじゃれるだけで、別に痛くもない。

 まさに初心者用の練習MOBだろう。


「えいっ」


 バシュッと矢が飛んでいき、ウサギに命中、今度はお肉がドロップした。

 このゲームでは敵さんは消えてなくなり、ドロップ品はまさしく名称通り「地面に落ちる」。

 怖いのは横からかすめ取られそうだということだ。

 そういうところもMMOであって非難されるが「らしさ」とか懐かしさとかもある。


「お肉ゲットです。ウサギちゃんは犠牲になったのだ。串焼きのお店でウサギの串焼きにしてもらおうよ」


「お、いいね。どうやって調理とかするかも見てみたいわ」


「私も料理とか興味あるよ。リアルでは全然しないけどね」


「ほほお、将来、いいお嫁さんになってくれ」


「おっけーだよう」


 コミュ障であるので「俺の」とは口が裂けても言えなかった。


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