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006.初心者飽和


 そうそう、この連載のタイトルを「あるあるあるき」にしたのは俺だ。

 俺の話なんだから俺が決めるのが当たり前だけども「あるき」は「歩き」であり「ある気」なんだ。

 普通のゲームなら「オートラン」という便利機能があるんだ。

 目的地をクリックしておくと、そこまで走っていってくれる。


 VRは違うぜ。さすがVR。容赦しない。


 「ありき」にも掛けてて「歩きありき」。

 歩くのは自分で歩くんだ。ただ進むだけなら何も考えなくてもできるが、電車もバスもないんだ。

 馬車はある。しかし金はない。

 走ると疲れるそうだ。体力依存らしい。

 体力はトレーニング、体形などで評価されている隠しパラメーターだそうだ。


 それで歩くしかない、だから「あるあるあるき」にした。

 クリックで済まないこの世界は、思った以上に面倒くさい。

 人混みを回避しながら、勧誘を断りながら歩くのって、本当に大変なんだぜ。

 やれやれ。

 避けるのには駆け引きもあるし、集中力もいる。

 歩くのをバカにするやつは、俺が許さない。

 夏祭り会場を3時間移動の刑にしょしてやる。

 振り仮名も振ったから安心設計だ。

 さあガイドなしで、ゴールまで歩き続けるがいい。ははは。


「悪いこと考えてる顔になってますよ」


「おっといけない。ちょっと読者がバカにした風に思えてさ」


「読者って何です?」


「せっかくのVRを日記風に書いてみようと思ってさ。MMOあるあるとかの、うんちく垂れながら、愚痴もまざっちゃうけど、ちょっと普通のVR小説とかと違う感じの切り口で書いてみようと思ってる。タイトルは『VRMMORPGあるあるあるき』の予定」


「それ私も出るんですか?」


「もちろん出てくるよ。偽名でいいよ。なんて名前にする?」


「プレイヤーネームでいいですよ」


「まだ聞いてない」


「あれ、ほんとだ。私はオムイよ」


「オムイさん?」


「そうオムイ」


「苗字なの?」


「オムライスうまい。略してオムイね」


「なにそれw」


「いいじゃない別に」


「いいけど、気になるわ」


「それより、君の名前は?」


「えっと、なんだっけ。タカシ。そうタカシだった」


「忘れかけるとかウケる」


「プレイヤーネームなんて最初はそんなもんさ。表示されてれば別だけどね」


「まぁその気持ちは分からなくもないわ」


「でしょ」


「でも、名前忘れるとか」


 俺は話題をつなげるだけでも、結構精神に来る。

 名前を聞けた。正直少し嬉しい。

 やっとギルドに着いた。


 『初心者飽和』。


 今回は一言で言えばこれだ。

 あるあるの単語で言えば「ユーザー集中」「アクセス集中」とかかな。

 ヘッドギア発売初日にダウンしたのは覚えているだろうか。


「新規が多すぎる」


 推定数で8万人が今日、この商品を手にしまして、ゲームをしているはずだった。

 動物ゲームかもしれないし、スポーツがしたいだけかもしれないが、最大の売りはメーカー自社開発のMMORPGなのは言うまでもなかった。

 だってハードを買うだけで、おまけでついてくる。

 月額利用料は1年間無料の太っ腹。

 しかも権利の途中譲渡可能。

 飽きたら中古として売って、オフィシャルサイトで譲渡の手続きをすればいい。

 半年遊んだら、次の人は半年無料だ。

 なんなら同一のハードを家族が午前、午後に分かれて順番で遊んでも問題ない。

 個人認証は1つだけでなく、家族分も追加できる。

 ハードの値段は安くならないけど、我慢するのはそれぐらいだ。


 というわけで、新規さんがたくさんいる。


 これが古いゲームなら、サーバーを何個も用意してチャンネルという並行世界を作ることも可能だが、世界間でAIの整合性を取ることができないのでダメだった。

 マルチサーバーという分割する方式は可能だけど、完全なユーザーの分離になる。

 別のサーバーの人とは話が合わないし、ゲーム内でも会うことができない。

 プレイヤーが遊ぶサーバーを引っ越すと、NPCの頭の中と状況がやはり一致しなくなる。

 マルチサーバーは古来から普通に使われる方法だけど、今回の運営は気合を入れて見送ったようだ。

 英断かそうでないかはまだ分からない。


 俺たちが冒険者ギルドに着いたら行列だった。

 誰だよ「冒険者ギルド」に行く必要がない。

 とか真顔で説明してたの。

 俺もでした。

 知ったか知識だったんだ。すまん。


 店の前では、簡易カウンターが横の店にまではみ出していた。

 えらい。臨機応変に対応数を増やすのが商売人の鏡だな。

 列が延々続いていて、一切対策しないとか、ただのバカ野郎だろ。

 ギルド長はお飾りではなく、歴戦の勇者と決まってる。

 しかも首都のギルド長なんだから、頭がよくて当然だ。

 ※ただし特殊な事情がある場合を除く。

 ちゃんと注意書きも書いておいた俺も偉い。

 例えば第三王子とか微妙な立場のやんごとなき人たちの場合は困るな。


 実は冒険者ギルドは中央以外に東西南北に4か所支店がある。

 でも食い物見て歩いてくると、ここに集まるのが必然であって、それを誘導したのはデザイナーであるゲーム開発陣のはずで、分散させないのは不思議だ。


「予見できるのになんで対策が外で受付なんだろ」


「さあ。でも列はどんどんさばかれてますよ」


「ああ、手際が思ったよりいいな」


 俺たちも列に並びながら順番待ちをした。

 思ったより早く順番はやってきて、早い理由が分かる。


「ハイ次の方。手を出してください。こちらがギルドカードと案内パンフレットです。ハイどうぞ。はい終わりです。街中の依頼は中で、外の依頼は支店でお願いします」


 魔法装置みたいなのに手をかざしたら、セットしてあるカードが外されて、それを貰う。


「ありがとう」


 名乗らないで、貰うだけで終わった。

 カードには名前の記入欄とかもないぞ。

 番号は振ってあった。


「俺のはNo.0053568」


「私のはNo.0053569ですね」


 連番みたいだ。

 でも列は一か所ではないから、ブロックごとに違う感じなんだろう。


 別にカードさえあれば、人は誰でもいいのだろうか。

 よく考えたら、番号で管理してるなら名前なんかいらんのか。


 町は計画都市で、東西南北に門と冒険者ギルド支店がある。

 この「計画都市」と「東西南北の門」みたいのも、あるあるだ。

 城郭都市は、普通成長すると城郭の外へ町が広がってしまい、どんどん拡張されていく。

 そうすると原形をとどめない形になったりすることが多い。


 外へ行くなら外のギルドというのは理に適っている。

 じゃあなんで真ん中に誘導してるのかは、不明だけど、俺たちみたいに観光させたいだけだろう。

 運営のわなだった。


 詳しく知っている人は「外側」に向かって、中途半端の情報の俺みたいなやつは「中央」におびき寄せられるわけだ。

 なかなか、にくい演出してくれる。


 俺たちの今の装備は、腰にナイフが一本。

 服は俺が薄い緑のシャツとズボン。

 彼女は青い色違いのシャツとひざ丈のスカート。

 あとは下着類、靴下と普通のサンダル。


 お財布とアイテムボックスの中身は、すっからかんだった。


 気温はちょっと暑い感じ。

 でもジメジメしていないから過ごしやすい。


 とにかくここは人が多い。


「外、行く? 人が多くてちょっと」


「そうですね。そのほうがよさそうです」


 結果的に俺は予定と違って、狩りも一緒にすることになりそうだ。


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