ザハールラでの旅の疲れを癒し、しばらく街の喧騒から離れ、穏やかな時間を過ごしていた僕たちだったが、突然、街の人々の間で話題になっている噂を耳にした。それは「砂の巨獣」という、街の外に住む恐ろしい魔物の話だった。
「砂の巨獣だって?」
僕は話を聞きつけ、興味を持って商店街の住民たちに声をかけた。
「ええ、そうです。あの巨獣は、この辺りの砂漠に長く住み着いている悪夢のような存在です。体は山のように大きく、砂嵐を巻き起こして人々を襲うんです」
話してくれたのは、マリーカという名前の露店の女主人だった。彼女は毎日砂漠の交易路を往復し、商売をしているが、最近はその巨獣のせいで旅が危険になり、商人たちが次々に道を閉ざされてしまっているという。
「この前も近くの村に食料を運ぼうとした仲間が、巨獣に襲われて逃げ帰ってきたんです。何とか命は助かりましたが、道中で馬車は全壊してしまい、砂漠のど真ん中で立ち往生することに……」
マリーカは、やや震える声で当時の状況を語った。巨獣の出現がもたらした影響は、この地にとって非常に深刻だった。
「巨獣が現れるのはいつも決まって夜明け前。まだ薄暗い時間帯に、突然巨大な砂嵐が起こるんだ。それがやがて形を持って、奴が現れる……」
今度は、隣の果物商のクライムが静かな声で語った。彼はこの砂漠で生まれ育ち、幾度となく巨獣の影に怯えてきた。
「街からそう遠くない場所に巣を作っているようだって話だが、誰も近づくことはできないよ。奴が起こす砂嵐は強烈で、砂の中に迷い込んだら最後、生きて帰ってこられないんだ」
周りに集まっていた住民たちも次々に話に加わり、砂の巨獣の恐怖を語り始めた。巨獣の存在はこの街にとって長い間悩みの種となっており、特に交易や旅人にとっては命の危険そのものだった。
「この街を守ってくださるザハール様のおかげで、街の中までは巨獣も入ってこれませんが……外で働く私たちにとっては、いつも不安なんです」
別の商人のアクランが肩を落として言う。彼もまた巨獣に追い詰められた経験があり、それ以来、夜明け前の出発を恐れているという。
「そんなに危険な魔物がいるなら、僕たちも助けなきゃな」
僕は剣を握りしめ、決意を新たにした。
「レオン、危険だわ。でも、私たちが力になれるなら……この街を守るためにやるしかないわね」
アリアが僕に力強く頷き、レオファングも小さな体を揺らしながら「グルル」と低く吠えて覚悟を示した。僕たちは、これまでにも数多くの戦いを乗り越えてきた。ここで怯むわけにはいかない。
住民たちは僕たちの決意を見て、少し希望の光を見たかのように微笑んだが、それでも彼らの顔には不安の色が浮かんでいた。
「もし本当に巨獣を倒せるなら、どうか気をつけてください……ザハール様も、おそらくこの問題に対処してくれるとは思うのですが……」
住民の一人、ジードという年配の男性がそう語る。彼はこの街の長老的存在で、ザハールラのことならなんでも知っている。ジードはザハールを心から敬っており、彼の力がいつも街を守ってくれていることを信じていた。
「ザハール様はこの街を守っておられますが、最近は少し気がかりな様子を見せておられるのです……。魔物の活動が以前にも増して活発になっているのは、何か大きな異変が迫っているからかもしれません」
ジードの言葉に僕は胸騒ぎを覚えた。ザハールの力が弱まり始めているのか、それとも何か別の原因があるのか……。
「大丈夫だよ。僕たちはこの巨獣を倒すために全力を尽くす。それが、この街を守るためにできることだから」
僕はジードや他の住民たちにそう約束し、戦いへの決意を固めた。僕たちは、砂漠の外れにいるという砂の巨獣を倒すための準備を整え始める。砂嵐の中で待ち受けるだろう巨獣との激しい戦いを前に、街の人々は僕たちに大きな期待と不安を寄せていた。
「気をつけて……どうか、無事に戻ってきてください」
マリーカやクライム、そしてジードたちが心配そうに見守る中、僕とアリア、そしてレオファングは砂漠へと向かうために動き出した。
僕たちは砂漠の果て、広大な砂丘の中で待ち受けていた「砂の巨獣」とついに対峙した。その姿はまるで巨大なライオンを思わせる。全身は黄金色の砂で覆われ、炎のように揺らめくたてがみが、砂嵐の中で恐ろしいほどの威圧感を放っている。目は血のように赤く輝き、爪は鋭い岩の刃のように光っていた。
「これが……砂の巨獣……」
僕は目の前の巨大な姿に圧倒されながらも、剣を握りしめた。砂嵐が激しく吹き荒れ、その勢いで視界がどんどん狭まっていく。まるで巨獣が砂嵐を操り、僕たちを翻弄しているようだ。
「すごい……これじゃ視界が全然効かないわ!」
アリアが叫びながらも、冷静に杖を構える。
「でも、負けるわけにはいかない……この街のためにも!」
僕は叫び、剣を構え直した。巨獣がこちらを見下ろし、その巨体で砂を蹴立てながら近づいてくる。まるで砂漠そのものが動いているかのように、地響きを立てながら迫ってきた。
「レオン、気をつけて! あの爪で一撃を食らったら……」
アリアが警告するが、その言葉が終わる前に巨獣の鋭い爪が僕に向かって振り下ろされる。
「くっ!」
僕は瞬時に身をひるがえして避けた。砂嵐でよく見えない中、巨獣の力強い攻撃が地面をえぐり、砂が舞い上がる。レオファングがその隙を見て、炎のブレスを巨獣に放つ。彼の小さな体から繰り出される炎が、まるで砂漠を照らす光のように輝き、巨獣の体に直撃した。
「ナイスだ、レオファング!」
僕はレオファングに感謝の声をかけ、巨獣の動きが鈍った瞬間を見逃さずに、剣を振り上げた。しかし、巨獣はその巨体を砂の中に潜らせ、また別の場所から突然現れる。
「なんてやつだ……!」
僕は巨獣の動きを見極めようとするが、砂嵐が激しすぎて、巨獣の位置を正確に捉えられない。
「私が砂嵐を弱めるわ!」
アリアが叫び、集中して魔法を唱え始めた。彼女の手から光が放たれ、周囲の砂嵐が少しずつ和らいでいく。視界が少し開け、巨獣の姿がはっきりと見えた。
「今だ!」
僕はチャンスを見逃さず、巨獣に向かって全力で突進した。剣を振り上げ、巨獣の足元を狙う。巨獣が咆哮を上げ、またしても爪で僕を弾き飛ばそうとするが、レオファングが素早くその動きを察知し、背後から再び炎のブレスを放った。
「グルルル!」
レオファングの咆哮が響き渡り、巨獣の動きが一瞬止まる。その瞬間、アリアが強力な魔法を発動した。
「インフェルノ!」
彼女の魔法が巨大な炎の渦となり、巨獣を包み込んだ。砂の体を持つ巨獣は炎の攻撃に弱いのか、苦しげに体を振り乱し、砂が崩れ落ちるようにその体を削られていく。
「今だ、レオファング!」
僕は叫び、レオファングの炎とアリアの魔法が巨獣の動きを鈍らせた隙に、一気に飛び上がった。剣を振り下ろし、巨獣の胸元を目掛けて渾身の力を込めて斬りつける。
「これで終わりだ!」
僕の剣が巨獣の体を貫いた瞬間、巨獣は絶叫を上げながら砂のように崩れ始めた。その巨体が音を立てて崩れ、やがて静かな砂漠の一部となって消え去っていく。
「やった……」
僕は息を切らしながら、剣を地面に突き立てた。荒れ狂っていた砂嵐も次第に収まり、空が再び澄み渡っていく。
「レオン、やったわ! あの巨獣を倒したのよ!」
アリアが笑顔で駆け寄ってくる。レオファングも疲れながらも誇らしげに翼を広げ、僕たちを見上げた。
「これで……街のみんなも安心できるな」
僕は深く息をつきながら、剣を腰に戻した。砂の巨獣との激しい戦いを終え、僕たちは勝利を確信した。そして、ザハールラに戻るため、再び歩き出すことにしたのだった。