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第31話「試練の始まり」

エリスの冷たい声が館に響き渡ると、僕とアリアの前に巨大な凍てついた扉が現れた。扉はゆっくりと開かれ、その向こうには霧が立ち込める氷の迷宮が広がっている。入り組んだ無数の道が冷たい霧に包まれていて、何が待ち受けているのか、全く予想がつかない。

「これが……エリスの言う試練か」

 僕は剣を強く握りしめ、迷宮の奥に視線を送った。冷気が肌にまとわりつき、じわじわと体力を奪っていくように感じる。

「迷宮を抜けるだけじゃ終わらないわね。もっと厳しい試練が待っているはず」

 アリアが周囲を警戒しながら冷静に言う。彼女も杖を両手でしっかり握り、覚悟を決めた表情をしている。

「頑張ろう、アリア。俺たちはこの試練を乗り越えて、エリスの力を手に入れるんだ」

 僕は決意を込めてそう言い、ゆっくりと迷宮に一歩を踏み出した。レオファングも僕たちに寄り添いながら、低く唸り声をあげて翼を広げ、冷気に立ち向かおうとするかのように前進する。


 迷宮の中に入ると、冷たく重い空気が肌にまとわりつくように感じられた。道は複雑に絡み合い、どこを見ても同じような氷の壁が続いている。歩を進めるたびに霧が濃くなり、視界がどんどん狭まっていく。まるで迷宮自体が生きているかのように、僕たちを迷わせようとしているようだ。

「道がいくつも分かれてるわ……どっちに進めばいいの?」

 アリアが不安げに僕に尋ねた。

「焦らずに行こう。まずは周囲をよく見て、何か手掛かりを探してみよう」

 僕は冷静さを保ちながら、壁や床を注意深く観察する。迷宮はただの迷路ではない。きっと、ここには罠や仕掛けが隠されているはずだ。考えながらゆっくりと進んでいたその時、レオファングが急に吠えた。僕たちに危険を知らせるように、鋭い声で警告してくれている。

「何か来る……!」

 振り向いた瞬間、氷の壁から何者かがゆっくりと姿を現した。それは、透明な氷でできた幻影の戦士たちだった。無言のまま、彼らは剣を構え、すぐに僕たちへ襲いかかってきた。

「敵だ! 気をつけろ!」

 僕は剣を抜き、構えた。幻影の戦士たちは無数に現れ、一斉に僕たちを取り囲んだ。彼らの剣技は驚くほど正確で、攻撃は凍てつく冷気をまとっている。僕は一撃一撃を必死で受け流しながら反撃を試みるが、剣が当たるたびに体に重いダメージが蓄積されていく。

「くっ……こいつら、強すぎる……!」

 アリアも魔法を放ちながら応戦するが、幻影の戦士たちはスピードが速く、なかなか彼女の魔法が有効に当たらない。彼らの動きはまるで実体がないかのように素早く、攻撃が空を切ることが多い。

「こんなに多くの敵、どうすれば……」

 アリアが焦りの声を漏らした。僕も同じ気持ちだが、ここで諦めるわけにはいかない。

「諦めるな! ここで立ち止まったら、先には進めない!」

 僕は自分に言い聞かせ、幻影の戦士に向かって剣を振り下ろした。彼らの攻撃をかわしつつ、レオファングが鋭い炎のブレスを放ち、幻影の戦士たちを少しずつ追い詰めていく。だが、数が多くて全ての攻撃を防ぎきれない。

「フレイム・ストーム!」

 アリアが渾身の力を込めて炎の嵐を召喚し、戦士たちを一気に巻き込んだ。猛烈な炎と凍てつく冷気がぶつかり合い、激しい音が迷宮の中に響き渡る。次々と倒れていく幻影の戦士たちだが、なおも幾人かは僕たちに向かって突進してくる。

「こいつら、終わりがないのか……!」

 僕は剣で次の一撃を防ぎながら、相手の動きを見極めていた。そこに、レオファングが飛びかかり、鋭い爪で一体の戦士を切り裂いた。さらにアリアが素早く魔法で援護し、最後の一人に渾身の攻撃を加える。

「もう一押しだ……ここで終わらせる!」

 僕は力を振り絞って剣を高く掲げ、最後の幻影の戦士に向かって突進した。相手が僕に剣を振り下ろす前に、素早く横へ回り込み、その胸を一気に貫いた。戦士の体は一瞬光り、そのまま霧のように消え去った。

「やった……」

 アリアが息を切らしながら、周囲を確認する。幻影の戦士たちはすべて倒され、迷宮は静寂に包まれた。

「まだ……終わりじゃないはず。きっと、これが第一段階に過ぎない」

 僕は剣を納めながら言った。迷宮の中に響く静寂が、次の試練を予感させるように、重くのしかかってくる。

「ええ、でも……今のうちに少し休みましょう。体力が持たないわ」

 アリアの言葉に頷き、僕たちはひとまずその場で息を整えることにした。冷気はまだ僕たちを包み込んでいたが、次に進むための力を少しでも回復させなくてはならない。

 僕たちは何とか最初の敵を打ち破ったが、試練はこれからが本番だということを痛感していた。


 僕たちは戦士たちを倒し、迷宮の奥へと進んでいた。しかし、その先に待ち受けていたのは、さらに厳しい試練だった。目の前に現れたのは、僕たち自身の「影」。それは、氷の鏡から姿を現し、まるで僕たちの動きを真似するかのように立ちはだかった。

「これは……僕たち自身の影か?」

 僕は驚きながらも、すぐに剣を構え直した。影の僕と、影のアリアが、まるで鏡のようにこちらをじっと見つめている。動き方や立ち振る舞いがそっくりそのままだ。これはただの幻影ではない。僕たちの戦い方を完全にコピーしている。

「こんな相手、どうやって戦えばいいの?」

 アリアが焦りの声を漏らした。彼女も影の自分と同じ杖を構え、身構えている。僕もすでに感じていたが、この影たちはただ真似をしているだけではない。僕たちの動き、技、戦術までもを完璧に模倣してくる。剣を振れば同じ角度で剣を返され、魔法を使えば同じタイミングで同じ魔法が返ってくる。まるで鏡の中で戦っているような感覚だ。

 僕は考えた。影に勝つには、その「真似」を逆手に取らなければならない。

「アリア、落ち着いて。この影は、僕たちの動きを完全にコピーしてくるんだ。だから、逆に自分の動きのクセや弱点を利用すれば、相手に隙を作れるはずだ」

 僕は冷静に言った。自分の戦い方の癖や、反応の傾向を理解しているなら、それを利用して影を出し抜くことができるかもしれない。影は完璧に模倣してくるが、その分、僕たちが意図的に誘導すれば、逆に攻撃を当てるチャンスを作れる。

「自分の弱点を……逆に利用するってことね」

 アリアも僕の意図を理解し、冷静さを取り戻した。僕たちはお互いに弱点やクセを知り尽くしている。それを武器にして影を打ち破るのだ。

「アリア、まず僕が行く。影の僕は右に攻めるのが癖だ。だから、逆に左に意識を集中させるように見せかけて、右から回り込む!」

 僕は影の自分に向かって突進した。いつも通りに攻撃を仕掛けるふりをして、意図的に隙を作り、右に誘導させる。影の僕は予想通り、同じように右に攻めてくるが、僕はその動きを読んでいた。影が右に攻める瞬間、逆に左に素早く回り込み、影の懐に飛び込んだ。

「今だ!」

 僕は剣を一閃させ、影の僕に深く切り込んだ。影の体は霧のように揺らめき、一瞬で崩れ始める。

「やった……!」

 自分自身の弱点を逆手に取った攻撃が見事に決まった。影の僕は消滅し、冷たい空気だけが残った。

 一方で、アリアも自分の影と対峙していた。彼女は魔法を使うときに、少し動作が遅れることがある。それが影にも反映されている。

「影の私は、魔法を唱えるときに少し動きが鈍くなる……そこを狙えば……!」

 アリアは素早く判断し、影のアリアに攻撃のチャンスを与えたように見せかけ、わざと魔法を唱える動作を遅らせた。影のアリアも同様に反応が遅れ、その一瞬の隙をついたアリアが、強力な火の魔法を放った。

「ファイアボルト!」

 影のアリアが完全に反応する前に、彼女の魔法が直撃。影はその場で燃え上がり、消え去っていった。


 影を倒し終え、僕とアリアは息を整えた。冷たい空気が辺りに漂っているが、僕たちは確かにこの戦いに勝った。

「自分の戦い方を理解していたからこそ、勝てたんだな」

 僕は剣を収めながら、冷静に振り返った。影との戦いは、自分の癖や弱点を見直し、それを克服するきっかけになった。

「そうね……自分の弱さを知るって、こんなに重要だなんて……でも、これで私たちはさらに強くなれたわ」

 アリアも微笑みながら杖を下ろした。


 影との戦いを終えた僕たちの前に、再びエリスの姿が現れた。彼女の目は冷たく、まるで僕たちを試すためにすべてを見守っていたかのようだった。

「よくぞここまで来た。お前たちは肉体的にも精神的にも限界を超えた……だが、最後の試練はまだ終わっていない」

 エリスは静かに手をかざし、凍てつく結界を作り出した。その中に僕たちは閉じ込められ、冷たい風が全身にまとわりついてくる。

「ここからが本当の試練というわけか……」

 僕は剣を再び握り直し、結界の中でエリスと向き合った。

「諦めない、絶対に。僕たちはこの試練を乗り越える!」

 僕は心に決意を込め、エリスとの最後の試練に向かって突き進んだ。

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