僕、アリア、そしてレオファングの三人は、氷原での厳しい戦いをなんとか切り抜け、ようやくフィアラヴェルの境界へたどり着いた。体力は限界に近く、僕とアリアは特に寒さと戦闘の疲労でボロボロだ。吹き荒れる吹雪の中、僕たちはエリスが治めるフィアラヴェルの氷の衛兵――巨大な氷のゴーレムたちが守る境界に足を踏み入れる。
「これがエリスの国……フィアラヴェルか」
僕は美しく透明な氷の大地を見つめ、呟いた。その広大さに、思わず息を飲む。
「やっと辿り着いたけど……少し休まないと、もう無理かも」
アリアが震える声で言う。彼女も疲労で限界に近づいている。すると、突然、目の前の雪の中から大きな影が現れた。エリスの魔法で作られた氷の衛兵だ。無言で僕たちを取り囲み、冷たく鋭い視線を向けてくるが、攻撃してくる気配はない。
「侵入者ではないようだな……ここまで辿り着いたということは、試練を乗り越えた者か?」
衛兵の一体が低く威厳のある声で問いかけてきた。
「はい。僕たちはグレイストーンから来ました。氷の魔女エリス様に会いたいんです。大事な話があって」
僕は鞄につけた紋章を見せながら答えた。衛兵たちはしばらく互いに目を合わせると、静かに頷く。
「分かった。まずは休息を取るといい。ここからフィアラヴェルの中心へ案内しよう」
「ありがとうございます!」
僕たちは警戒しつつも、彼らに従うことにした。雰囲気からして怪しまれている様子はない。信用しても大丈夫そうだ。
フィアラヴェルの中心地に近づくと、氷でできた美しい建物が次々と目に入ってきた。魔法の力で守られている街は、寒さこそ感じるものの吹雪は抑えられていて、穏やかな冷気が漂っている。人々は氷の魔法を巧みに操りながら生活しており、静かで落ち着いた空気の中に誠実さが感じられる場所だ。
「ここがフィアラヴェル……エリスが治めている国か」
僕は目を輝かせて街の様子を眺めた。どの建物も透き通るように美しく、まるで大地が氷で覆われた芸術作品のようだ。
「こんなに美しい場所だったなんて……ここに来るまでがこんなに大変だとは思わなかったけど」
アリアも体の痛みを忘れるように目の前の景色に感嘆している。僕たちは街の長老たちに迎えられ、すぐに休息を取るよう勧められた。
フィアラヴェルの食事は、氷の果実や凍結魚など、この地でしか手に入らない特別な食材を使っている。冷たさを感じながらも、体が芯から温まり、力が蘇っていくのが分かる。
「こんな厳しい環境でも、こんなにしっかりした生活ができるなんて……やっぱりエリス様の力が大きいんだね」
アリアが驚いたように言った。すると、近くにいた長老がゆっくりと頷く。
「そうです。エリス様の魔力が、この国を守り続けているのです。しかし、最近その力が少しずつ弱まりつつあるのです……」
長老の声には、憂いが込められていた。その言葉に不安を感じ、僕は問いかけた。
「弱まっているって、どういうことですか?」
「正確には分かりませんが、エリス様の魔力が以前ほど安定していないのです。そのため、魔物たちが活発化し、氷の精霊たちも不安定な状態が続いております。エリス様もその原因を探しておられますが……」
「魔王の復活が関係しているかもしれない」
僕はアリアの方を見やりながら呟いた。並行世界の異変がどう絡んでいるのか、考えが巡る。
「ええ、並行世界の崩壊が影響している可能性は高いわ。私たちがここに来たのも、その異変の原因を解明するためだもの」
アリアも僕に同意し、真剣な表情で長老の話に耳を傾けている。
長老はさらに続けた。
「エリス様から、外からの客が訪れると伺っておりました。それが貴方たちでしょう。エリス様にお会いするには、北の最奥地にある彼女の館へ向かう必要があります。その道は険しいものですが、ここまで来たあなたたちなら乗り越えられるでしょう」
僕たちは決意を固め、静かに頷いた。
十分な休息を取り、力を取り戻した僕とアリアは、再び旅の準備を整えた。フィアラヴェルの人々に見送られ、僕たちはエリスの館へと向かうことに決めた。
「エリスの力を借りれば、この世界の異変の原因に近づけるはずだ。彼女がただの魔女ではないことは、ここに来てよく分かったよ」
僕は目の前の道を見つめながら言った。旅はまだ終わっていないが、少しずつ光が見えてきている気がする。
「そうね。彼女がこの国全体を守っているなんて……私たちの旅も、これからが本番ね」
アリアも疲れた体を引きずりながら、微笑んで返してきた。レオファングも元気を取り戻し、力強く「グルル」と吠えて僕たちを後押ししてくれる。
フィアラヴェルの最奥地へ進むと、ついにエリスの館が目の前に現れた。巨大な氷の塔が空高くそびえ立ち、その冷たく美しい光が辺りを照らしている。僕たちはその荘厳な姿にしばし見とれた。
「これが……エリスの館か……」
僕は自然に感嘆の声を漏らしていた。その光景は圧倒的で、言葉にするのが難しいほどだ。
「本当にすごい……まるで、エリスそのものがこの国全体を象徴しているようだわ」
アリアも驚きを隠せない様子で塔を見上げていた。
その時、音もなく館の扉が開かれ、僕たちを中へと招き入れるように道が開かれた。館の中は凍てつくような静寂に包まれ、冷たい空気が漂っている。そして、その奥に立っていたのは――美しい銀髪の魔女、エリス・フィアラン。
彼女は鋭く冷たい瞳で僕たちを見つめ、その圧倒的な存在感が場を支配していた。
「私の力を借りたいのなら、試練を乗り越えなさい」
エリスは静かに、しかし力強く告げた。その声には冷酷さだけでなく、揺るぎない公正さが感じられる。
僕とアリアは、その言葉に深く頷き、これから始まる試練に挑む覚悟を固めた。エリスの厳しい試練を乗り越え、旅を次の段階へと進めるために。