海を超えて僕たちは氷原にたどり着いた。ここら地域一帯はまとめてグレイシャルドと呼ばれているらしい。もう何百、何千年も昔からずっと氷に覆われた土地であり、人々はその上に住んでいるそうだ。本来の地面と呼ばれる部分はほとんどなく、どこも凍った海だと、船長さんは教えてくれた。だからこそ氷に根付いて育つ珍しい植物があるとかで環境客も多いらしい。
「だが、まぁ、最近は魔物が活発化したことで一般人はあまり近寄れなくなったんだがな……。お前たちは気をつけろよ。フィラヴェルはここから真っすぐ先だ。途中で森があるからそこをぬければすぐの所にある。船旅で疲れただろう。ここはセイブルに比べたら小さい港だが休憩くらいは出来る。少し休んで温まってから出発するといい」
「丁寧にありがとうございます。船長さんもお気をつけて」
僕達は彼に別れを告げ、教えてもらった宿の方に向かった。一日ここで休んでから出発しようという話になったのだ。ここは木で出来た建物がほとんどだが、資材を外部から運び込める港だから、らしい。本来、グレイシャルドの建物はどうやらほとんど氷で出来ているそうだ。
「わぁ……あったかい……!」
教えてもらった宿はぽかぽかと温かく過ごしやすそうな雰囲気だった。アリアが嬉しそうに中に入っていく。
「いらっしゃい、長旅ご苦労様」
カウンターにいる初老の女性が僕たちに声をかけてくれる。受付だろう、その人に僕達は声をかける。
「グレイストーンから来ました。二部屋お願いします」
「はいはい、客室は二階、食堂は一階だよ。ココにはお風呂もあるからねぇ、冷えただろう、しっかり温まっておいで」
「やった~!!私お風呂大好き!」
アリアがそう言って笑う。僕たちは部屋の番号が書かれた鍵を受け取りお互いの部屋に向かった。
「とりあえずご飯食べようか」
「うん~!お腹ペコペコ~!」
荷物を置いて合流すればそのまま食堂へと向かう。流石港と言ったところだろうか。観光客が減っても仕事等で来ている人は多くそこそこの賑わいを見せていた。
「思った以上にいろいろあるんだねぇ~」
僕たちは席に座ってメニューを見る。スープ系が多いイメージでどれも体を温めるもの……といった感じだろう。
「あとは……魚も多いね。やっぱり海に囲まれているからかな」
僕たちは野菜のスープを頼むことにした。温かいスープとパンが出てきた。スープの具材は野菜と魚が入っており、食べ応えのあるものだった。腹ごしらえをしたあと僕たちはお風呂に入り、旅の疲れからかそのままどっぷり眠りについてしまった。
次の日、宿から出て港を少し行けば、目の前には広大な「クレスタの森」が広がっていた。この凍てついた森は、永遠の冬に包まれ、森の木々は氷の彫刻のように輝いている。僕、アリア、レオファングの三人は、その光景に圧倒されながらも足を止めずに進んだ。
「ここがクレスタの森……思った以上に神秘的な場所だね」
僕は、冷たい空気の中で深呼吸をしながら言った。肺に満ちる空気で体が冷える。専用の防具がなければ凍えていたかもしれないと思えるほどその空気は冷たかった。吐く息も白い。
「うん、でも……どこか不気味な感じもする。ここには普通の生き物じゃなく、精霊たちがいるって話だから……注意して進まないとね」
と、アリアが不安そうに答える。「迷わないようにしなきゃ」とも彼女は呟く。クレスタの森は迷いの森とも呼ばれており、道を誤ると二度と出られないという言い伝えがあるらしい。僕は手に持つ地図を確認しながら、慎重に足を進める。進んでいくにつれて、僕たちを取り囲む、森の静寂が次第に不穏なものに変わり僕たちを飲み込もうとしているように感じた。風が吹くたびに、木々の間からささやき声や笑い声のようなものが聞こえてくる。
「な、なに……?」
「葉っぱのこすれる音……ではないみたいだね……?」
そして、突然目の前に透明な存在が現れた。ふよふよと浮かぶそれは小さな光をも吸収し反射してキラキラ輝いている。小さな人型だった。
「これは……氷の精霊?」
と僕が警戒するように剣を構える。精霊といえばいたずら好きなエネミーだ。僕たちを迷子にして遊ぶ気かもしれない。迷いの森を言われている原因もこれなのか……?
「待って、攻撃しちゃダメ!もしかすると……この精霊は敵じゃないかもしれないわ……!なんだか敵意を感じないもの……!」
とアリアが急いで止めにはいる。氷の精霊は何も言わず、ただ静かに僕たちを見つめていた。その存在は人間の形をしているが、完全に透明で、冷たい氷のようにきらめいている。精霊はゆっくりと手を伸ばし、空中に複雑な魔法陣を描いた。その瞬間、僕たちの周りに一気に冷気が立ち込め、氷の結界が現れた。
「何だ?試されているのか……」
僕は剣を握り締め、周囲を警戒した。
「たぶん、この精霊の試練を受けなければならないのよ。彼らは私たちの行動を見て、判断するんだわ」
とアリアが冷静に状況を分析する。レオファングも低く「グルル」と唸り、周囲を警戒していた。森の中に潜む他の魔法生物の気配も感じられる中、僕たちは精霊が望む試練を受けることを決意した。