その夜、僕は不思議な夢を見た。夢の中で、ルフェールと向かい合っていた。
「お前が向かう北の氷原には、ただの寒さ以上のものが待ち受けている。エリスの加護が弱まり、世界が崩れ始めている兆候だ」
ルフェールは警告するように語る。
「何か知っているのか……?」
「我はこの村を、世界をずうっと昔から見守ってきた。お前たち異邦人の事も光の守護者の事もなんとなく把握している」
ルフェールは僕達がプレイヤーなのを知っているのだろうか……?
「この世界が、エルドラがお前たちの世界に浸食している。二つの世界が交わった時、我々は現実になり、お前たちが空想になる」
「世界は再構築され、魔王の望んだ世界になる。そうなった時が……」
「世界の……終わり……?」
「その通りだ。しかし、焦るな。時はまだお前に味方している。必要な時には、レオファングが私の力を呼び覚まし、お前を助けるだろう」
そう語るルフェールの声は静かで力強かった。僕は夢の中でその言葉を噛みしめながら、自分に課せられた使命の重さを再確認する。僕はこれまで以上に強くなり、この世界を救うための力を手に入れなければならない。
「今はまだ小さき力でも旅を続ければ元の力を取り戻せるだろう。努力を忘れるでないぞ」
そう彼が語ると世界がどんどんと明るくなっていく。あぁ、目覚めだ……と気付いた頃には僕の意識はホワイトアウトした。
翌朝、僕はアリアに夢の内容を話した。彼の事、この世界と現実世界の事、魔王の事……これからの事。
「ルフェールが言っていた通り、北にはただの寒さ以上の危機が待っているらしい。準備はできてるが、気を引き締めて進まなきゃな」
「ええ、私たちならきっと乗り越えられるわ。レオファングもいるし、心強いわね」
二人で決意を新たに朝を迎える。今日は王国に行く日だ。出発は早い。僕たちは準備を整えてマルクスの所に向かった。
がたがたと馬車に揺られて数時間、灰色の城壁で囲まれた王国グレイストーンが見えてきた。以前来た時はゆっくり見れなかったが、今日もこの国は賑やかだ。話はマルクスが通してくれているみたいで、僕達の事を確認した近衛兵が王様の所まで案内してくれた。
「よく来た。報告は聞いておる。龍を仲間にしたようだな」
王……グレイの声が響く。その芯の通ったどっしりとした声はまさに人に上に立つにふさわしいといえるだろう。
「はい。王様から教えていただいた遺跡を探索し、村を守るクリスタルとはるか昔にあの一帯を守っていた守護龍ルフェールを開放しました。彼がその一部です」
僕がそういってレオファングを呼べば頭の上で休んでいた彼が小さくあくびをした。王様の前だというのにマイペースな龍だ。
「なるほど、君の光の加護は嘘ではないようだね。きっと君の力に反応して龍も心を許してくれたのだろう。本来龍は気性の荒い生き物だ。自分の縄張りを荒らされたとなれば生きて帰れなかっただろう。しかし、彼らは頭もすこぶる良い。自分が認めた相手には力を貸してくれる……昔からの言い伝えだな」
「なので、エルミスの村の安全は守られそうです。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらだよ。あの村にはこの国にとっても大事な文化もある。君も会っただろう、あそこにいる職人の腕はこの世界でもトップクラスに入るくらい素晴らしい。故郷を大事にしたいという気持ちを受け取ってあの村で仕事をしてもらっているが、彼の作った物はこの国でも人気なんだ」
そうグレイは語ってくれる。どうりで、貴重な魔水晶の洞窟を任されていたり、立派な工房をもっている訳だ。あの村はここら辺一帯からしても大事な場所らしい。
「それでなんだったか……行商人として登録したいとかなんとか」
「はい。その、ガルドさんから聞いたのですが、他の国に行ったりする為の通行証を発行するには行商人が一番いいとかなんとかで……あと、小さいものではあるのですが」
僕は自分のアイテム鞄を取り出す。見た目はただの肩掛け鞄だ。しかしこれは例のディメンションポーチ。ほとんど無制限に荷物が入るのだがそれを言うのはまずいと思って小さい……と嘘をついた。
「これは僕の……両親から貰ったモノなのですが、ディメンションポーチというものらしく、持っているのが貴重だとか……」
「ほぉ……確かに珍しい物をもっているな。ガルドの話はそういう事か……確かにそれがあるなら行商人が一番怪しまれないか……」
王様は少し考えるそぶりをして口を開いた。
「ただ、行商人になると言ってもいろいろと面倒なのだ。そのノウハウがあるわけでもないし、君達をグレイストーン発の光の守護者としても良いのだが魔王の仲間がどこに潜んでいるかも分からない。だから」
「……だから……?」
「運び屋というのはどうかね?」
運び屋。そういえばそんな名前の職業もあった。しかしそれはNPCの仕事でプレイヤーが出来る職業では無かったはずだ。決まった場所にいるNPCで彼らにアイテムを渡せば街にあるアイテムボックスまでアイテムを運んでくれたり、フレンドに手紙を届けてくれたり、そういった役割をしてくれていた気がする。アイテム鞄の容量がほとんど無限になってから利用することが無かったので忘れていた。
「運び屋は民間のギルドではなく我々が直接信頼できる人に資格を渡して働いてもらっている」
そういってグレイは近くにいた兵の一人に小さな箱を持ってきてもらった。
「この紋章を鞄につけておけばそれが印になる。よっぽどのことが無ければ大体の所は通れるし、その鞄を持っていても怪しまれることはない」
そういって彼は僕とアリアに赤い宝石の付いた小さな紋章を渡してくれた。
「その石の部分に指を付けて魔力を流すんだ。それに反応してその人専用の物になる。持ち主と認めた物以外がそれの付いたものを盗もうとした場合呪いが発動して盗めなくなっている……といった仕組みだ」
「なるほど……ありがとうございます!」
「二人はグレイストーンの運び屋としてこれから名乗ってくれて構わない。私が許可しよう。運び屋として仕事をすればいろんな所に行くことにもなる。情報収集をしつつ、世界を救う鍵を見つけてくれ」
彼はそう、僕達の眼をまっすぐ見て言った。僕たちはそれに答えるようにしっかりと頷いた。
「先日帰った調査隊から魔王復活の報告はうけておる。エルミスを襲った男の事や最近活発化している魔物……問題は山積みだ。期待しておるぞ」
「はい……必ず……!」
力強い返事をして僕達は王室を後にする。マルクスがしばらく王様と話すことがあるとかで僕達は城下町を見て回ることになった。
「それにしてもなんだかすごい事になったね……」
アリアが自分の鞄についた紋章を見ながら言う。魔力を通したソレは淡く光っていた。
「これで安全に旅が出来るなら安心だよ。そういえばエルドラでもこういうイベントあったなぁ……」
「あぁ、確かに。他の国に行くのに通行証を発行して……みたいな!あれ大変だったよねぇ」
そんな思い出話に話を咲かせながら僕達は賑わっている城下町を探索したのだった。