僕とアリアは、次の目的地である北の氷原へ向かう前に、しばらくエルミス村で準備を整えることにした。氷の魔女エリスが治める極寒の地へ行くためには、万全の対策が必要だ。それにこの世界に来てから落ち着く時間があまりなかった。これからの事も踏まえて一度この世界を知る必要があるだろう。これから僕達はきっとこのエルドラの全てを旅することになる。魔王討伐への手がかり、そして僕達の現実世界を救うために必要な事だ。
エルドラにはいろんな国や街、村、地域があるが、だいたい東西南北で四つの区域に分けられる。これから僕たちが向かう北の氷原にはじまり、東の砂漠、西の森、南の火山地帯だ。エルミスはほとんど中心に位置しているので穏やかな気候で一年を通してしっかりとした四季が感じられるらしい。しかし北の氷原は一年中ほとんどが冬なのだ。村人たちもその厳しさをよく知っていた。
「北に行くなら、特別な防具が必要だな……」
と僕が言うと、村の長老が頷いて答えた。
「そうだ。氷原の寒さは、普通の防具では耐えられない。魔物の素材を使えば、寒さを遮断する強力なコートが作れるはずだ。ただ……」
「ただ……?」
村長は少し申し訳なさそうな顔をして言う。
「ここは小さな村ですから大きな村と違って必要最低限の物資しかありません。なので、お二人には材料を集めにいってもらいたいのです」
「なんだ、そういうことですか!もちろんですよ!むしろ作ってもらえるだけでも嬉しいです。ね、アリア」
「そうですよ!私達そういった加工とかは全くできないので」
僕たちは笑顔で了承する。元々のゲーム内にも制作系のスキルはあったが、こういう事はペトラが得意だったことを思い出して、すこし寂しくなった。
村長さんの紹介で、村の防具職人が僕とアリアのために防具作りを手伝ってくれるようだ。
「お前たちがレオンとアリアだな。俺の名前はガルドだ。この村の防具屋の店主をしている。先日は村を救ってくれて感謝してる。ありがとう」
彼はそう言いながら、僕に手を差し出した。握手を交わすと、その手は大きく、硬く、ごつごつしていて、まさに職人の手だ。長年鍛冶場で防具を作り続けた証だろう。見た目の通り、信頼できる職人だと直感した。ガルドさんとその仲間の人だろうか、彼らは僕達に周辺の地図を広げながらいろいろ説明してくれる。
「まずはメインになる素材が必要だな。この村から少し進んだ所にメェリスの群れが生息しているところがある。彼らの毛皮は優れた保温性と防御力をもっているからな、それを使おう」
「それに北の氷原にいくならもう少し保険があった方がいいだろう。そこからもう少し行った先の洞窟で上質な魔水晶が取れるんだ。それは呪文を刻めるタイプの石だからペトラさんに頼んで加護の呪文を刻んでもらおう」
といった具合にガルドさん達の話は進む。僕たちが取りに行くのは毛皮と魔法石だ。
「じゃあ行ってきます!」
彼らに送り出されて僕たちは目的地へ向かった。まずはメェリスの所だ。
「その前に……」
僕たちは村から離れたあとお互いのステータスを確認した。何度か戦闘を経験している。強敵とも戦ったからレベルは上がっているだろう。
【レオン:ステータス】
レオン LV.11
HP: 120/120
MP: 70/70
SP: 45/45
ATK: 85
DEF: 25
MAG: 45
RES: 25
SPD: 27
DEX: 30
INT: 15
LUK: 15
状態:光の加護
所持スキル:大地の加護LV.1、シャドウファング・ラッシュ
【アリア:ステータス】
アリア LV.11
HP: 65/65
MP: 130/130
SP: 30/30
ATK: 15
DEF: 13
MAG: 100
RES: 40
SPD: 28
DEX: 27
INT: 45
LUK: 15
状態:
所持スキル:基本元素魔法、インフェルノ、アクア・サークル
「おお~!10レベもあがってる!……上がり方はエルドラの時とあんまり変わらないね~」
「でもエルドラの時と違って上がった時のタイミングも分からないしスキル振りもない……のかな?」
目の前に表示されているメニューを確認するが、元々あったスキルツリーとか、技やスキルの取得画面といったものは無かった。
「やっぱり私が戦闘中に思い出したみたいに戦闘してる時にぱっとひらめく感じなのかな?あとはドロップアイテムとか……」
「だろうね。魔王と戦うにはきっといろんな技がいるだろうし、もっと頑張ろうか」
「うん!」
僕たちはそう話し合いながら目的地を目指して歩いた。
メェリスは名前で想像できる通り羊型のモンスターだ。そこそこ大きく、頑丈な角の生えた頭を使った突進を得意とする。しかし、突進する直前に特有のモーションがあるので、それさえ避けてしまえば被害が出ることはない。ただ、その分厚い毛皮があるせいで物理攻撃のダメージを減らす効果がある。僕にあるシャドウファング・スラッシュは防御無視だが、SP消費が激しい為、あまり連発出来ない。
「つまりアリアの魔法が鍵になるわけだ」
「もちろん!レベルも上がったし、体も軽い!頑張るよ!」
アリアは張り切っているようで装備している杖をぶんぶん振っていた。
「なんだかみんなといた頃を思い出すよね。新しい装備品とかが実装されたとき、みんなで素材取りに行ってさ、ペトラちゃんが加工してくれて……」
「レアドロップ狙うのに徹夜とかしたの、懐かしいな」
そんな思い出話に花が咲く。またそんな日常を取り戻すために僕たちは頑張るのだ。そうこうしているうちに目的地に到着した。
「毛皮をなるべく傷つけたくないから炎系の呪文は避けよう」
「そうね、アクア・サークルで濡らしちゃえば動きも鈍るだろうし、そのままフリーズで凍らせて、その隙にレオン君が攻撃って感じでいいかな?」
「了解。それで行こう」
アリアが考えた作戦の元僕たちは動く。まずはメェリスにばれないように近付き、彼らが集まっている場所めがけてアリアがアクア・サークルを放つ。水で出来た透明なサークルが太陽の光にきらめいて弾ける。全体的にダメージが入ると同時に、メェリス達の分厚い毛皮……羊毛が水を吸って動きが遅くなる。この弱点はエルドラの時と変わらない。
「フリーズ!」
次の呪文を彼女は唱える。もう濡れてしまっている彼らだ。逃げ出すなり、敵対生物を探すよりも先にパキパキと音を立てて凍っていく。その隙に僕は彼らの喉元めがけて剣を突きさす。物理攻撃に強いとはいえ、切れ味のいい剣で思い切り突き刺せば大ダメージだ。彼女の魔法効果がなくならないうちに急いで僕は次々と攻撃を叩きこむ。
「そうそう、なるべく一発でダウンさせる方がドロップアイテムの質もいいんだもんねぇ~」
「ゲェッ」と短い悲鳴を上げてメェリスはその場に倒れる。しばらく暴れたあと完全に動かなくなってしまった。
「えっと……必要なのは四匹分って言われたからこれくらいでいいか……」
動かなくなったメェリスに近付く。ゲームの中にいた時と変わらない感覚で攻撃したが、こうやってみると命を奪ってしまったんだという実感が湧いてくる。
「大丈夫?レオンくん……?」
「え、あぁ……ごめん。なんか、やっぱり感覚がリアルになると……こう変な感じがするなって……」
「確かに、私は魔法だけど、レオン君は実際に攻撃してるわけだし……この感覚もゲームと現実が混ざってるせいなのかな……?」
ぐっと覚悟を決めるように一度剣を握って力を緩める。メェリスからドロップ品を解体しようとしてふと、違和感に気付いた。
「……これどうやって回収するんだ……?」
思い返す。そういえば、解体系のスキルも無くなっていたか……?元のエルドラだったら解体スキルがあったおかげで自然と体が動きドロップ品を無駄なく回収出来た。しかし、それがなくなった今、目の前に転がる死体をどうしたらいいか分からないのだ。
「た、確かに……!言われてみたら分からないかも……。エルドラじゃ初期搭載のスキルだったもんね……。え~……それも無くなってるの?」
少し考えた後、とりあえずこのまま持って帰ろうということになった。村の人達に頼もうと、そこでアイテム鞄を開いて忘れていたことを思い出す。
「あぁ!バタバタしててウサギ肉を渡すの忘れてた……!」
「いろいろあったもんねぇ~……メェリスと一緒に渡しちゃおう?今の私達じゃツノウサギすら捌けないからさ」
そうだね、と返事をしてメェリスの死体をそのままアイテム鞄に入れる。この中だったら肉が腐る事も無いし、どんなサイズのものでも入る。便利なものだ。
「よし、次は魔水晶の回収だね!」
別のメェリスが戻ってこないうちに僕たちは次の目的地に向けて移動した。