スパイダー・クイーンを倒した後、洞窟の中は静寂に包まれていた。僕たちは全員無事で、目的のクリスタルが目の前にある。しかし、このクリスタルが本当にエルミス村を守るために役立つものかどうか、まだ確信はなかった。
「これがそのクリスタルだな……」マルクスが慎重にクリスタルに近づき、その表面を軽く触れてみた。光を放つそのクリスタルは、不思議と温かみを感じさせた。
「確かにただの石じゃないみたいね……」
アリアも興味深そうにクリスタルを見つめ、杖を掲げて何か呪文を唱え始めた。
「魔力を感じる……まるで生きているみたいに、強い力が宿ってる」
「アリア、何かわかる?」
僕は彼女に問いかけた。アリアは少しの間、集中してクリスタルに魔力を注ぎ込んでいたが、やがて顔を上げて僕たちに説明した。
「このクリスタルには、強力な結界を張る能力があるみたい。古代の魔法が込められていて、一度発動させれば、村全体を覆うような強固なバリアが形成されるわ。」
「それって、あのアザルドのような強力な敵でも防げるってことか?」
僕は期待を込めて尋ねた。
「そうね、この結界が発動すれば、かなりの防御力を誇ると思う。でも……」アリアは少し心配そうな表情を浮かべた。
「でも?」マルクスが続けて聞いた。
「この結界には限界があるみたい。長期間の使用には向かないし、強力な魔力を供給し続ける必要があるの。そうしないと、結界が弱まり、最終的には消えてしまう可能性があるわ。」
「つまり、結界は一時的な防衛手段でしかないということか……」
僕は少し残念な気持ちになったが、逆に今の状況ではそれでも十分だと思った。
「でも、エルミス村を守るには必要な時間を稼げる。村の人たちが避難したり、僕たちが敵を倒すまでの間は守れるはずだ」
「そうだな。それでも、このクリスタルがあれば、村人たちを安心させることができる。今はそれで十分だ」
マルクスが頷き、僕たちに同意した。
「じゃあ、これをエルミス村に持ち帰ろう。そして、結界を張る準備を始めるんだ」
僕はクリスタルを慎重に取り上げ、その光を感じながら、これからの戦いに備える決意を新たにした。
「そうね、急ぎましょう。村に戻ったら、結界の発動方法をしっかり確認して、みんなに説明しなきゃ」
アリアは気を引き締めた様子で、僕たちに次の行動を促した。僕たちはクリスタルを大事に抱え、エルミス村へと急ぐことにした。
洞窟から出て、古代の防衛アイテムを手に入れた僕たちは、安堵の息をつこうとしたその瞬間だった。地面が突如として揺れ、洞窟全体が不気味な唸り声に包まれた。僕たちは思わず身構え、音の方向を見つめた。
「何…!?いったい、何が…?」
アリアが声を震わせた。
「あ、あれは…!」
マルクスが驚きの表情と共に指をさす。今までいた洞窟がゆっくりと崩れ落ち、そこから現れたのは…龍だった。その龍はまるで洞窟の守護者であるかのように、黄金の鱗をまとい、鋭い眼光で僕たちを睨みつけてきた。僕たちがアイテムを手に入れたことを察知し、長い眠りから目覚めたのだろう。
「これって…もしかして、この龍がずっとここを守っていたのか?」
僕は思わずつぶやいた。
「その可能性が高いわね…でも、もしこのまま放っておいたら村が危険にさらされるわ…!」
アリアが焦りを隠せない様子で言った。
「レオン、どうする…?この龍が村に向かうことを考えると…放っておけねぇぜ…」
マルクスの声は真剣だった。
「…そうだな。ここで手をこまねいている場合じゃない」
僕は決意を固め、剣を強く握りしめた。
「龍も討伐するしかない…でも、もし戦うことで説得できるなら、それも一つの手だ。正直……今の僕達にかなう相手じゃない……!」
連続した戦闘で僕たちは疲弊していた。その後にまた大きな戦闘となると骨が折れてしまう。龍は一瞬の間を置いた後、僕たちに向かって咆哮を上げた。その瞬間、辺り一面が激しい風に巻き込まれ、僕たちはその強大な力を肌で感じ取った。
「来るぞ…皆、気をつけて…!」
僕が叫ぶと、アリアとマルクスが頷き、各々の準備を整えた。戦闘が始まった。龍の炎が辺りを焼き尽くすかのように襲いかかってくる。しかし、僕たちはこれまでの戦闘経験を駆使して、龍の猛攻を避け、反撃の隙を探った。
「大地の加護…!」
僕は防御力を強化し、龍の攻撃を耐えながらアリアが魔法を放つタイミングを見計らった。
「ファイア!」
アリアの火球が龍の鱗に当たるが、すぐに消えてしまう。
「くっ…!硬い…!やっぱり今のレベルの魔法じゃ傷一つ付けれないわ……!」
「焦らないで、アリア!」
僕は声をかけ、龍の動きをじっくりと観察した。
「この龍の弱点は…どこだ…?」
その時、龍の目が一瞬だけ光り、その直後に大きく息を吸い込んだ。僕はその瞬間を逃さず、龍の口元へと接近した。
「シャドウファング・スラッシュ!」
僕の剣が影のように素早く、龍の口元に切り込んだ。龍は痛みによろめき、その隙を突いてアリアが魔法を放った。
「インフェル……きゃあ!!!」
しかし龍はそんな攻撃平気だというようにすぐ動き出す。尻尾をぶんっと振り、その攻撃がアリアに直撃してしまう。
「アリア……!」
僕たちは全力で攻撃を繰り出していた。龍の巨大な体に剣が触れるたび、その衝撃で手が痺れるほどの強さを感じる。しかし、龍はすぐに反撃に出てきた。その一撃一撃は圧倒的で、僕たちを容易く押し返そうとする。
その時、不意に僕の首にかかっているペンダントが光を放った。かつて隠しダンジョンで手に入れた、光の加護を授けてくれた大切なアクセサリーだ。ペンダントの光はまるで龍の怒りを和らげるように、周囲に柔らかな輝きを広げていく。
僕は一瞬、龍の目を見つめた。そこには単なる怒りや憎しみだけではない、何か複雑な感情が浮かんでいるように見えた。激しく鼓動する心臓を押さえ、僕は剣を下ろし、声を張り上げた。
「待ってくれ!僕たちは君と戦いたくないんだ!」
龍はその言葉に一瞬動きを止め、その巨大な体をゆっくりと沈めていく。彼の鋭い目が、僕を、そして傍らにいるアリアとマルクスをじっと見つめていた。まるで、僕たちの真意を探るかのように。
「僕たちには守るべき村があるんだ、エルミス村を守りたいんだ!」
僕は続けて訴えた。声が震えたのが自分でも分かる。しかし、この場で伝えなければならない。光の加護を持つ者として、この村を、そしてこの世界を守るために。
龍はしばらくの間、僕たちを見つめ続けた。その視線に耐えるのは容易ではなかったが、僕は決して目を逸らさなかった。すると、その鋭い目が徐々に和らいでいくのを感じた。そして、重々しく首を垂れ、頷いた。
「…ありがとう……」
僕はその応答に、胸に広がる安堵を感じた。剣をゆっくりと鞘に納めると、龍は再び翼を広げた。その姿はまるで、村を守る守護神のように力強く、そして美しかった。
「今…龍を説得したのか…?」
マルクスが驚いたように呟いた。
「そう…みたいだね…」
僕は微かに笑いながら答えたが、全身の力が抜けそうになるのを感じた。
「やっぱり、これが英雄ってことなのかな…?ふぅ…」
アリアが肩を揺らしながら笑みを浮かべて近づいてきた。
「大丈夫か、アリア?」
僕は心配そうに彼女に近寄った。
「うん、大丈夫。ほら、ピンピンしてるよ!きっと優しい龍なんだね、全力で攻撃してこなかったみたい」
アリアの言葉に僕はようやく息を吐き出し、周囲の景色を見回す。先ほどの激闘の跡がそこに残っていたが、何よりも今、僕たちが無事であることが奇跡のように思えた。
「とにかく、村に戻ろう。」
マルクスが短く言った。その言葉に反応するように龍が僕たちを見ながら伏せ、クルクルと優しい声で鳴いた。
「もしかして乗っていいって事……?」
僕が聞くと彼は小さく頷く。
「おいおい!こんな機会滅多にないぜ!レオンは本当にすごいな!」
マルクスが嬉しそうに僕の背中を叩く。まるで、あの頃みたいに思えて、僕も笑った。
「龍に乗って帰ったらみんな驚いちゃうかもね!」
アリアも笑う。僕たちはお礼を言いながら彼の背中に乗せてもらった。僕たちが全員乗ったのを確認すると、龍は大きな翼を広げ、風を巻き起こしながら、空高く舞い上がる。その動きも本当に優しくて、それだけでこの龍が優しい龍だというのが分かった。ゲームの世界でもこういう乗り物はあったが、龍は初めての体験だ。僕たちは楽しみながらエルミスの村へと帰った。