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第12話「ゴーレム」

相変わらず森の中は静かで日の光をさえぎって暗くよどんでいた。

「……敵の気配がするね……」

 僕たちは警戒しながら進む。霧が立ち込める薄暗い森の中、僕たちの足音が嫌に響いていた。手に握りしめた剣はひどく冷たく、今にも砕けてしまいそうな頼りなさを感じる。エルドラの世界に取り込まれてから、僕とアリアのステータスは初期化され、以前の力を失ってしまった。それでも、戦闘の技術と知識だけは残っている。それを頼りに、僕たちはこの不気味な森を進んでいた。

「レオンくん、向こうに何か感じる?」

 アリアが低い声で問いかける。彼女の青い瞳が森の奥を見据え、魔力の流れを探るように輝いていた。

「……ああ、何かが近づいてきてる……。気をつけて」

僕は剣を構え直し、全神経を集中させた。森の暗闇がゆっくりと動き出すような不吉な気配が漂う。その瞬間、低く不快な唸り声が耳をつんざいた。木々の間から、ゴブリンの集団が現れた。彼らは粗末な武器を手に、鋭い牙をむき出しにしてこちらを狙っている。数は十体以上。息を吐く。かつての僕たちなら、これほどの敵に怯えることはなかっただろう。しかし、今の僕たちは弱体化しており、油断は許されない。

 「来るぞ!」

 僕はアリアに叫び、ゴブリンたちに突進した。最初の一撃で一体を仕留めるものの、力が以前ほど強くない。残るゴブリンたちが一斉に僕に襲いかかり、僕は剣で必死に応戦する。

「フリーズ!」

 アリアの声が響き、氷の魔法が放たれた。数体のゴブリンが氷塊に閉じ込められるが、それでもまだ数が多い。次々と襲いかかってくるゴブリンたちに押し込まれ、僕は劣勢に立たされた。

「アリア、後ろだ!」

僕はアリアに叫ぶ。別のゴブリンが彼女に迫っているのに気づいた。焦る気持ちを抑えながら、僕はゴブリンの攻撃をかわしつつ、アリアの元へ向かおうとする。しかし、複数のゴブリンが僕を取り囲み、粗末な剣を振り下ろしてくる。僕は一瞬の隙を突かれ、左肩に鋭い痛みが走った。

「レオンくん!」

 アリアの声が僕の耳に届いた。彼女の瞳には焦りと怒りが浮かび、次の瞬間、彼女の手に炎の光が宿るのが見えた。

「インフェルノ!」

 アリアの叫びと共に、彼女の手から燃え盛る炎が放たれた。炎の波がゴブリンたちを一瞬で包み込み、その場で焼き尽くした。ゴブリンの悲鳴が響き、次々と灰となって消えていく。

僕は息を整えながらアリアに目を向ける。彼女の手の中にまだ炎の残滓が揺れていた。咄嗟に放った魔法だったのだろう、うまく扱えず消えない炎が森の木々に燃え移ろうとしていた。

「アリア、大丈夫か?」

 僕はアリアに駆け寄り、肩の痛みを抑えながら声をかけた。

「ええ、なんとか……でも、レオンくん、大丈夫?その傷……」

アリアは僕の肩を見て、心配そうに顔を曇らせた。

「大したことないさ。それより、さっきの魔法……すごかったな!でも、火が広がらないように気をつけないと……」

アリアは深く息を吸い込み、炎を鎮めるために新たな魔法を唱え始めた。

「アクア・サークル!」

彼女の声と共に、周囲の空気が冷たくなり、彼女の手から水の輪が広がっていく。水の輪は炎を包み込み、森全体に広がりかけた火を速やかに鎮火させた。

「おお……!これで大丈夫……?」

「なんとか~……!あ!ほら、新しい魔法、ちゃんと使えるようになってる!さっき戦ってる時にちょっと思い出したんだよね!魔法の使い方……というか感覚?」

 そういってアリアが今までよりも強力な火炎の魔法を見せてくれる。先ほどのピンチでひらめいたのか……体が思い出したのか謎ではあるが、確かに彼女が今まで使っていた魔法に近い物だった。

「こうやってどんどん戦ったらいろいろ思い出すかもしれないな……それにここがエルドラの世界なら、ボスを倒したりして手に入る加護もあるみたいだし、そういうのも捜したいな……」

きっと今までの僕たちの力が全て戻ってきたらこの世界を現実を壊そうとしている脅威にも立ち向かえるはずだ。

「そうだねぇ……~、いつものエルドラだったらこういう森のどこかにダンジョンがあったりするんだけど……」

 そういってアリアがきょろきょろとあたりを見渡す。

「……あ!」

「ん、どうしたの、何か見つけた?」

 走り出した彼女について行けば、そこには崩れた石の柱のようなものがたっていた。

「ほらほら、これとか隠しダンジョンがある時の目印によくあるやつじゃん!ここら辺に何かあるんじゃない?」

 地面を見ればうっすらと道の跡のようなものがあった。二人でそれをたどって歩いて行けば、彼女の予想通りそこには地下に続くダンジョンの入り口があった。

「本当にあるとは……」

「こういう所はエルドラと一緒なんだね……!まぁ……向こうと違ってこのダンジョンのレベルが分からないけど……どうする?」

「う~ん……入ってみるか?アリアも新しい魔法を思い出したし……僕も何か思い出せるかもしれない。それに何かこの世界に関する情報もあるかもしれないしな……」

「確かに、ペトラちゃんが言ってたもんね!こういうダンジョンには細かい考察要素があったりするって!」

「危険そうだったらすぐに引き返そう。まぁ……ゲームの世界みたいに途中退出出来たらの話だけど……」

「うん……!」

そういってダンジョンの入り口の中に入っていく。ひんやりとした空気が下に伸びる階段から感じる。一歩一歩慎重に進めば現れたのは真っすぐ伸びる一本道だった。どこから敵が湧いてくるか分からないと警戒していたその時……

「……え?」

 カチっという音と共に何かを踏んだような感触。まるでスイッチを押したかのような……

「レオンくん危ない!」

 アリアが叫び声と共に僕の頭を押さえつける。瞬間、頭上すれすれに飛んでくる一本の太い矢。あの太さと速さがあれば人間の頭蓋骨をも砕いてしまうだろう。僕は冷や汗が出た。

「あ、ありがとう……」

「もしかしてトラップ系のダンジョン……かな……?いつもなら罠看破の加護があったから手こずらなかったのに~~!」

 アリアが悔しそうに言う。今の僕たちにはそんな加護がないからどこにトラップがあるかなんてわからない。

「罠を見つけるアイテムも持ってないしな……とにかくいつも以上に気を付けて進もう」

「う、うん……」

 一応トラップ系のダンジョンの進み方は覚えている……が完璧ではない。自分の剣やアリアの杖で歩く先の地面をつつきながら怪しそうなところはすべて避ける。それでも完璧に避けることは出来ず……カチッという音と共に、周りに転がっていた不自然に大きい石が動き出して一つの形になる。

「ゴーレムだ……」

「戦うしかないね……!」

通路はそこまで広いわけではない。それに地下空間だ。無計画にアリアの炎系の魔法を使うわけにもいかない。これは地道に攻めるしかないだろう。

「アリアは僕の支援を頼むよ!」

 そういって僕は剣を構える。ゴーレム種は硬いが、体のどこかにある核は壊れやすい。幸運なことにこのゴーレムのサイズは小さめで手の届く範囲に核がありそうだ。ダダダっと走って距離を一気に詰める。ゴーレムの振り下ろした腕を剣で弾いて、バランスを崩した所を切りつける。ボロボロと破片が崩れていく。

「核は……どこだ…!?」

 ゴーレムの飛ばしてきた岩破片が顔をかすめて頬が切れる。痛みを感じて顔をしかめるが、こんなことで止まってはいれないので、何度も何度も目の前のソレを切りつける。今の僕にはそれくらいしか技がないからだ。しかし、努力は無駄ではなかった。何度もゴーレムの表面を削っていれば、宝石のように輝く核が頭を見せた。

「そこか……!アリア!ここだ!ここに攻撃をあてるんだ!」

 僕は彼女に指示を出す。「了解!」という声と共に彼女も氷の破片をゴーレムに飛ばす。そこまで威力が出るわけではないが、ちょっとずつ表面が削れて核が完全に露出した。

「よし、トドメだ……!」

 僕はそれを狙って思い切り剣を突き立てる。パキパキという小さな音の跡、バリン!と核が壊れる音と共にゴーレムは崩れ落ちた。

「ふぅ……これくらいならなんとか……アリアも大丈夫?」

「うん……!それより、ほら、核が転がってる。消えてないって事はアイテム化してるって事だよね」

 アリアが指さした先には赤く光る小さなガラス玉のようなものが一つ。あれはエルドラの世界でもたまにあったエネミーを倒した時にドロップする固有アイテムだ。大体、取得可能な技か加護が入っている。

「本当だ。運が良かったね」

「私はさっき一つ魔法を思い出してるから、レオン君が使っていいよ」

 そう、アリアが言う。このアイテムは使用者にしか恩恵がないので、人数分ドロップしなかったときは誰か一人ということになる。しかも中身は空けるまで不明なのだ。もしかすると僕が使えない可能性もある。

「ありがとう。じゃあ……」

 と、玉を握りしめて力を込めて割る。ガラス玉の様に見えるがそれは簡単に破壊できる。暖かな光が手を包み、やがて消える。

「えっと……」

 僕はメニュー画面を開いて自分のステータスを確認する。そこには【大地の加護LV.1】の文字。大地の力を借りて、強靭な耐久力を得る加護だ。大地を操る力も手に入るのだがこの段階だとまだ使えない。

「大地の加護だね。防御系だ。ラッキーだったね、マルクスがいないから、防御面が不安だったしね」

「だね~!これで少しは安全に進めるかな?」

「多少の攻撃は防げるね。それにしてもこういう所はやっぱりゲームのままなんだね」

「うん……、メニュー画面だって見えるし……やっぱりちょっとリアルになっちゃったエルドラなのかな……?」

「そうなのかもね……まぁ、歴史とかストーリーは全く違うけど」

 そんな話をしながらも警戒して、僕たちは進んでいく。その後何度か罠に引っ掛かってしまったものの、エネミーを倒した際にドロップアイテムが落ちることはなかった。


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