彼女達の看病が的確だったおかげか、僕はすぐに動くことが出来た。状況把握のために一度アリアと二人で外に出ることにした。
「あ!レオン!やっと目覚めたんだ!」
丁度リリィちゃんが外で遊んでいたようで僕に気付いて嬉しそうに駆け寄ってくる。しかし、足下の石につまずいてバランスを崩してしまった。
「危ない!」
僕はとっさに彼女を支えようと走り出す。
「え……?」
「おっとっと……ごめんね、レオン……?どうしたの?」
僕に受け止められた彼女が不思議そうな顔で僕を見る。「あぁ、ごめん」と僕は彼女から離れた。彼女に見えないように背を向けて一瞬ステータスを確認する。SPDの部分が5から7になっていた。
「ステータスが上昇している……?」
先ほど感じた違和感。昨日遺跡の中で謎の男と戦った時より体が早く動いたのだ。ほんのちょっとの差でしか無かったがスピードというものは1でも違うだけでだいぶ違う。
「もしかして……昨日僕が走ったからか……?」
確かにエルドラのゲームの中でも特定の行動を繰り返す事でステータスに影響が出ることはあるが、現実での動きもこの世界に反映されているということか……?それにこんなに簡単にステータスが上がることもないし……と考え事をしていたら心配そうな顔でアリアがこちらを見てきた。
「どうしたのレオンくん?」
「あ、いや……ちょっと気になったことがあって……」
と、そこまで話して一瞬考える。この情報を彼女に話してもいいだろうか……。あくまでもここはゲームの中の世界。今の所プレイヤーとして存在している外部の存在は僕達だけ。いや……もしかしたら誰かがNPCのフリをして近くにいるかもしれない。現状、現実世界に「死ぬことで戻れる」のは僕だけだ。
「ちょっとこっちに……」
「え?あ……うん……!」
誰かに聞かれると、僕達の身に危険が及ぶ可能性があるかもしれない。リリィちゃんが遊びに夢中になってるを確認して僕はアリアを近くに呼ぶ。彼女にだけ聞こえるように、小さな声で、今考えている仮説を説明した。
「なるほど……でももし現実世界での行動がレオンくんのステータスに影響を与えるなら、もし次ログアウトすることになっても外の世界で修行できるって事だもんね……」
「そうなるね……まだ仮説だから分からないけど……そもそも、ここがエルドラとまったく一緒だとも限らないからね。ステータスの上げ方だって今までと違うかもしれない。僕はその方法が使えても、アリアはそういうわけにはいかないし……いろいろと確認しないといけないことは山積みだね……。それに、この情報は僕達だけの秘密にしよう。今の僕のこの加護を奪われたら助かる方法がなくなってしまうからね」
「そうね……、もちろん、私口だけは堅いんだから!」
「ねぇ!何コソコソ話してるの~!私も入れてよ~!」
僕達がこそこそ話していることが気に入らなかったのかリリィが間に入ってきた。膨らませたほっぺが可愛くてちょっと笑ってしまった。
「ごめんごめん、これからどうしようかな~って話よ」
アリアが彼女の頭をなでながら笑う。どちらにせよ集めないといけない情報は多い。遺跡でみた男の事、この世界が今どうなっているのか、脱出方法、みんなを元に戻すための方法……そして僕のこと。考えるだけでも問題は山積みだ。
「とりあえずは修行しなおさないとだな……。今のままの僕達じゃきっとそこらへんの雑魚にも苦戦しそうだし」
「そうだねぇ……遺跡にいたあの男……明らかに今まで戦った誰よりも強かったし……」
「口ぶり的にこの世界のラスボス……エンドコンテンツの可能性もあるしな……何か情報があれば……」
「二人とも強くなりたいの?」
リリィがこちらを見ながら言う。
「そうだな~、僕達は英雄みたいに強くなりたいんだ。そのためには強くならないとだろ?」
「そうなんだ!二人なら大丈夫だよ!なんたってリリィの事を助けてくれた英雄なんだもん!」
リリィが目をキラキラさせながら言う。
「はは、ありがとう。そうなれるように頑張るよ」
「レオンさん、もう大丈夫なのですか?」
三人で話していると、アンナさんが野菜の入った籠をもって戻ってきたようだ。僕の姿を見て微笑んでくれる。
「はい、おかげで、元気です。ありがとうございました……!」
「いえいえ、ペトラさんも強力してくれましたし、何より一番必死に看病していたのはアリアさんですよ。ずっとあなたの傍から離れなかったのですから」
「ちょ、ちょっと!アンナさん、それは言わないでくださいよ!」
アリアが慌てて彼女を止める。
「あはは、改めてありがとう、アリア。次からは気を付けるよ」
「二人はこれからどうするのですか?」
「そうですね……本当は旅を続けようと思ったんですけど……」
「ママ!二人はね強くなるために修行するらしいよ!英雄になるんだって!」
「あら……なるほど……?」
リリィちゃんがアンナさんに先ほど僕たちが話していた内容を話す。まぁ、間違ってはいないが、アンナさんは不思議そうな顔をしていた。
「ほら……薬草を取りに行っている森もそうですし、僕たちが出会った強い誰かもそうですが……確実に何かあるのは明らかじゃないですか。王国の調査隊が調査しに行っているとはいえ、それがいつ戻ってくるかもわからないですし、短い間ですが、お世話になったこの村にお礼をする為にも多少は危険を取り除くお手伝いでも出来たらなって思ったんですよ」
少なくとも彼らには「自分達が別世界のエルドラからやってきたなんて言えないから、なんとなくそれっぽい理由を説明する。もちろんこの村にはマルクスのような守ってくれる存在がいるが、何か少しでもお礼になればと思っているのは確かだ。
「なるほど……そうなのですね……。確かに危険が増えてこの村から出れなくなるのは困りますし、助かるのは確かです。小さい村ですから魔物に襲われたら一たまりもないですからね。マルクスさんやペトラさんだってずっといるわけじゃないですし」
「そうなんですか?」
「はい、二人はあくまでも王国所属のチームですので……。こうやって小さな村を回っているのですよ。なので他の村にも行くんです」
「なるほど……」
つまり二人の話をきけるのは今のうちだけだということだ。
「とりあえず、この村の周りの状況についてはマルクス達に聞くのが一番だろう。一度話を聞きに行こう」
アリアも頷く。
「この前も言いましたが、もしまだしばらくこの周辺で活動なされるのであれば私たちの家に寝泊まりしていただいて構いませんからね。リリィも喜びますし」
「ありがとうございます。正直行先もあまりないので、助かります」
そうお礼を言って僕たちは彼女達から離れた。
「マルクス、今大丈夫か?」
村のはずれで武器の手入れをしている彼に声をかける。こちらに気付いたマルクスは武器をしまい、太陽のような笑顔で返事をしてくれた。どこからどう見ても僕たちの友達、仲間として一緒に冒険していた彼のままだ。
「どうした?何かあったかい?……というかレオン、もう動いて大丈夫なのか」
「あぁ、その件は……なんとかぴんぴんしているよ」
「そうか、なら良かったよ。一応君が運び込まれた後に危険なことがないかと俺も確認しに行ったが、その君たちを襲った男とやらはいなかった……それどころかあの遺跡自体入口の門が謎の魔法陣で硬く閉じられて開かなくなっていたんだ……」
マルクスは眉を八の字にして唸る。それを近くで聞いていたペトラが口を開く。
「そうなんですよ。私の知識をもってしても開きませんでした……。上位の封印魔術のようです……。どこから湧いているのか、あのあたりの魔物も増えてきましたし……なんだか嫌な感じがしますね……」
ペトラの知識はそのままの様だ。今はスケッチしてきたその扉の魔法陣を元に何か分からないかと調べものをしているらしい。
「ここら辺は元々比較的安全な地域で、出てくる魔物も弱い魔獣程度で、村の男達でも狩れて食料にできるくらいだったのだが……ここ数日でその強さも各段に上がっているらしい……」
そう、唸る。どうやら例の一件以降この世界のバランスも崩壊しかけているのだろうか。
「で、俺に何か用事があったんじゃないか?レオン」
「あ、あぁ……ちょっと……詳しい事情は説明できないんだけど……」
と僕は考えていることを説明する。強くなりたい事、遺跡の中にいた男に再び会いたい事……魔王という存在に会いたい事……だいぶ言葉は濁してしまったが、マルクスは真剣に聞いてくれた。
「なるほど……きっと君たちにも何か事情があるのだろう。仲間がいなくなったとも話していたし、それにだいぶ遠い所から旅をしてきたのだろう?直接鍛えてあげたいのだが、実は次の村に向かわなくてはいけなくてね……こんな状況だ、他の村が心配なんだ」
そう、彼は申し訳なさそうに言った。
「その代わり何か情報が入ったら伝えるよ。通信用クリスタルは持っているかい?」
そういって彼はポケットの中から小さなひし形のクリスタルを取り出す。淡い緑色に光るそれは、ゲーム内では見たことが無い物だった。
「すまない……それは持っていないな……」
「そうか……最近普及率が高まってきたとは聞いていたが、高価なものではあるものな……。すまない、君たちの身なりが冒険者にしてはいい物だったから持っているかと思ってたよ」
そういって彼はもう一つ、そのクリスタルを取り出して、僕に渡してくれた。
「これは予備で持っていたものだ。一応俺はこう見えても王国の騎士だからな、最悪国に言えばもらえるんだ。だから一つレオンにあげるよ」
「い、いいのか…?怒られたりしないのか……?」
「ははは、大丈夫だよ。案外壊れやすいんだ。戦闘中にでも壊れたって言うよ」
そう、彼は笑う。この、思いやりのある優しい性格は元のままから変わらないようだ。僕とアリアはそのクリスタルの使い方を彼に教えてもらった。クリスタルの中に呪文が刻んであり、握ったまま通信したい相手を考えるとその術が発動するというものらしかった。ただ、通信には魔力を使うのであまり長時間の起動は危険らしい。
「それでなんだっけ……修行がしたいんだっけ?」
「そうそう、だからここら辺の敵と一度腕試ししてみようかなって思ってて」
「そうか、ならここら辺にいるツノウサギの死体は回収してきてくれ。この村の貴重は食料だからな」
そう説明をうける。ツノウサギは元のゲームにもいた雑魚エネミーだ。レベルも低いので最初の腕試しにはもってこいの生き物だろう。マルクスとペトラに別れを告げ、僕たちは村の外へと歩き出した。