ソコは相変わらず気味の悪い森に囲まれており、危険な匂いがする。
「何か分かればいいけど……」
頭に浮かぶ悪い考えを振り払って僕達は進んでいく。その時だった。
「きゃーー!!いや、やめてーー!!」
森の中から響く少女の声。それに複数の気配。誰かが襲われているのは明らかだった。
「誰か襲われてる……!?」
もしかすると別のプレイヤーかもしれないとアリアと視線を合わせて走り出す。先ほどのアリアみたいに桁違いの強さのエネミーに襲われている可能性もある。早く助け出さないと……!僕達は全速力で走った。
深い森の中、薄暗い木々の間から少女の切迫した声が響き渡る。僕はその声に反応し、アリアとともに急いで声の方向へと向かった。古びた木々が覆いかぶさり、木漏れ日がぼんやりとした光の道を作り出している。その道の先、ゴブリンの群れに連れ去られそうになっている一人の少女が見えた。白いローブを纏ったその子は、必死にもがいているが、小さな手足ではゴブリンたちに対抗できない。
「アリア、初級魔法って何が使えたっけ?」
僕は焦りながらも冷静に訊いた。
アリアはすぐに答えた。
「えっと……簡単な魔法ぐらいなら……ファイアとかフリーズとか低級の元素魔法だけね」
「了解……!それじゃあ、ファイアで行こう!」
僕は剣を抜き、アリアは小さな火の玉を手のひらに生み出す。彼女の手から生まれた火球は、まるで夕焼けの中の太陽のように鮮やかで、生命力に満ちていた。
「ファイア!」
アリアが呪文を唱え、火球が少女を担いでいるゴブリンに向かって飛んでいく。ソレはゴブリンの体に命中し、その衝撃でゴブリンは停止。炎が彼の緑色の肌を焦がし、苦しげな叫び声が森にこだまする。突然の攻撃にゴブリン達は一斉にこちらを向いて向かってこようとする。
「アリア、次はフリーズで動きを止めて!」
僕はその瞬間を逃さず、次の指示を出した。アリアは再び呪文を唱え、持っている杖を掲げる。
「フリーズ!」
彼女の声とともに、冷たい霧が地面を這うように広がり、ゴブリンたちの足元が瞬く間に凍りついた。動こうとしたゴブリン達はバランスを崩し、その場で動けなくなる。本来ならば彼女の魔法をこんなに食らえばゴブリンぐらいなら一層できるのだが、威力が下がっているのだろう、しばらくの足止め程度にしかならなさそうだった。
「今だ、逃げるんだ!」
僕は少女に向かって叫び、剣を構えたまま彼女の元へと駆け寄った。少女は僕の声に反応し、大きな瞳に一瞬の希望を宿して駆け寄ってきた。彼女の白いローブは風に舞い、まるで天使が降り立ったかのように見えた。僕はその小さな体をしっかりと抱き寄せ、アリアと共に安全な場所へと導いた。
「ありがとう……助かったよ……」
少女は息を切らしながらも、瞳には感謝の色が宿っていた。僕は優しく微笑みかけた。
「大丈夫、もう安心だ。君……名前は?」
「私はリリィ……近くの村に住んでるの。この森まで薬草を採りに来ていたのだけど、ゴブリンに襲われて……」
「そうだったのか……村までの距離はどれくらいなんだい?」
「そこまで離れてないわ。この森を抜けた先にあるの」
少女が村の方向を指さす。口ぶり的にも彼女はこの世界のNPCだろう。このまま一人で返すのも危ないのでアリアと二人で彼女を村まで送っていくことにした。村で何か情報収集が出来るかもしれないし。
「私達がリリィちゃんの事村まで送り届けるよ!一人だと何があるか分からないしね」
「さっきのゴブリンだってまた出てくるかもしれないし、急いで抜けようか」
「ありがとう……えっと二人の名前は……」
リリィは僕達に丁寧にお辞儀をしてその大きな瞳を僕達に向けてくる。
「僕の名前はレオン。こっちの魔法使いのお姉ちゃんはアリアだ」
「よろしくね!よし、じゃあまた襲われる前にリリィちゃんの村まで行こうか!」
「レオンにアリア……うん、よろしくね!」
アリアがリリィの手をつないで歩き出す。僕はそんな二人を見守りながら共に歩いた。
静寂な森を抜け、緑の海原に囲まれた小さな村に辿り着いた。リリィという名の少女を助け、彼女を家まで送り届ける事にしたのだ。村の名前はエルミス。太陽の光が柔らかく降り注ぎ、風が穏やかに吹き抜けるこの場所は、まるで絵本の一ページのような美しい光景が広がっていた。
「レオン、ここよ!」
リリィは村の入口まで走って行く。彼女の笑顔が太陽のように輝き、僕たちの心を温めてくれた。
「二人ともありがとう。おかげで無事にここまで来ることができたわ!」
村の中に入ると、彼女の母親であろう人物が話しかけてきた。
「リリィ、おかえりなさい、ずいぶん遅かったじゃない……その二人は?」
「ただいま、ママ!森の中でゴブリンに襲われそうになっちゃって……この二人は助けてくれたの!お兄ちゃんがレオンで、お姉ちゃんがアリアだよ!」
彼女は子供らしく母親に抱きついて頬ずりをしている。
「あら、そうだったの。ありがとうございます……!私はアンナです。それにしてもあの森にゴブリンだなんて……今まではそんな事無かったのに……やっぱり本当なのかしら……あの噂……」
彼女が心配そうな顔をする。
「何かあったのですか?」
僕はその表情を見逃さず声をかけた。もしかすると何か情報が手に入るかもしれない。
「それが……ちょっと良くない噂を聞いちゃって……娘の恩人に立ち話をさせるのも良くないわね。私の家に招待するわ。是非イラしてください」
「いいんですか?いきなり押しかけちゃって…」
「娘を助けてくれた人だもの。悪い人ではないでしょう?」
そう言ってリリィの母親は歩き出す。「こっちよ」と僕達を案内してくれた。
彼女たちの家はよくある木で出来た小さな家だった。何か料理をしていたのだろうか、甘くておいしそうな匂いがする。
「あ!この匂いはクッキーだ!あのね!ママのクッキーすごくおいしいんだよ!」
リリィは嬉しそうに匂いがする方に走っていった。きっとキッチンがあるのだろう。
「リリィちゃん元気そうで良かった~」
アリアが安心したような声でつぶやく。
「薬草獲りはいつもリリィちゃん一人で行くのですか?」
「そうですね……場所もそこまで遠くないですし、本来ならばそこまで危険な場所でもなかったものなので……油断していました……、あ、どうぞお座りください。ハーブティーは飲めますか?」
「お気遣いありがとうございます」
そう言って僕とアリアは椅子に座る。彼女が注いでくれたハーブティーは丁度いい甘さと匂いで落ち着く味をしていた。
「その、さっき言っていた噂っていうのは……?」
「それがですね……遠い遠い土地に幽閉されている魔王が復活して世界をまた分断しようとしている……って話が街の方から回ってきまして」
「魔王……?」
「そうです。1000年前の大崩壊で一度分断されたこの世界を英雄が現れてまた一つにまとめた……という話はご存じですよね?その時に封印された魔王が復活したとかで……今王国の調査部隊が調査に向かっているらしいのですが……やっぱり魔物も動きも活発になっていますし……子供だけで外に行かせるのは控えた方が良さそうですね……」
その話を聞いてアリアと視線を合わせる。僕達が知っているエルドラの話とは違っていたのだ。僕達が知っているエルドラの覇者というゲームのストーリーは『広大な大陸エルドラはかつて、魔法と剣の力を持つ多くの種族が共存する世界だった。しかし、1000年前に起こった「大破壊」により、大陸は四つの領域に分断され、それぞれが異なる統治者によって支配されることとなった。再び統一されることはないと思われていたエルドラで、一人の英雄が現れる』というものだ。その英雄というのがプレイヤー……僕達の事で、まだストーリーも終わりを迎えておらず、またしても大崩壊が起ころうとしているなんて聞いたことも無い話だ。
「ママ~!クッキー焼き上がるよ~!」
「はいは~い!今行くわね……!すいません、少し待っていてくださいね」
そう言って彼女がキッチンの方へ向かった。僕は彼女達に聞こえないようにアリアに声をかける。
「どういうことだ……?やっぱりエルドラであってエルドラじゃ無い世界ってことか?」
「それか私達が知っているエルドラの後の物語なのかも……でもなんでそんなにいきなり……?まだあのストーリーって完結してないわよね……」
「ううん……まだまだ分からない事が多いな……どちらにせよあの遺跡には一度言った方が良さそうだ。壁に描いてあった絵とかに何かヒントがあったかもしれないし……」
「そうね、情報収集もした方がいいかも……」
「そう言えばさぁ!」
「わ!」
二人でこそこそ話をしていた僕達の間にひょこっと現れるリリィ。話に集中していたから気付かなかった……。
「二人の事どこかで見たことあるなって思ってたの!あのね!絵本に出てくる英雄に似てるんだよ!」
「英雄に……?」
そう言ってリリィは一冊の本を手渡してくれた。クレヨンのような画風で書かれた子供向けの絵本だった。タイトルは「エルドラの伝説」
「ほら、似てるでしょ?」
内容は先ほどアンナさんが話してくれたものと同じで、1000年前に起きた大崩壊の際に分断された世界を英雄が現れて救ったというものだ。彼女が指さしたその英雄達の二人が僕とアリアに似ていたのだ。
「本当だ……!この髪の色とかレオンにそっくりだし……この金髪の人が持ってる杖とか私の武器にそっくり……どうして?」
「もしかして二人がこの世界を救ってくれる英雄なのかもね!」
リリィは無邪気に笑う。これは偶然だろうか?ゲームに用意されているイベントなのだろうか……?だとしてもこんな偶然あるのだろうか……?
「そういえばお二人はどこからいらしたのですか?」
アンナさんが皿にクッキーをのせて戻ってきた。「どうぞ」と机の上に置いてくれる。リリィちゃんも嬉しそうに座った。そんな彼女にアンナさんはミルクを差し出す。
「どこから……えっと……と、遠いところから旅をしていて……」
とっさに僕は答える。本来ならば最初の村で生まれた事になっているのだが、先ほど確認した村は廃村になっていた。いつからそうなっているかは分からないが、怪しまれないためにも隠した方がいいだろう。
「そうなんですね!先ほど話したとおり最近は物騒になっていますし、気をつけてくださいね」
彼女の心配に感謝をして僕はクッキーを一枚口に入れる。優しい甘さが口に広がり、ハーブティーも合わさってほっとする味だ。何が起きているか分からない現状だったが、優しい人に巡り会えて良かったと感謝しながら、しばらく彼女達と会話をして過ごした。