再び意識が戻った時、僕は現実の世界に戻ってきていた。
「ログアウト……出来たのか……?いや……夢だった……?」
VR機器を外し、パソコンの画面を見る。そこに表示されているのはゲーム画面ではなく数字だった。「残り23:59:48」……数字がどんどん減っていることから何かのカウントダウンだということが分かる。再度ログインしようとしても何も変わらず、一つの仮説を立ててみることにした。復活の光が現実にまで干渉して僕をあの世界に復活させてくれるのではないかと。きっと他のプレイヤーはマルクスやペトラみたいにNPC化することであの世界に縛られてしまっているか、僕やアリアみたいにログアウトできない状態になっている。その状態で死ぬことで、肉体の……現実の死を迎えるのでは無いだろうか。しかし僕には強制的に発動する加護、「復活の光」がある。これのおかげで24時間後にあの世界に再び戻れるのでは無いだろうか…と…。
とにかくこの時間も無駄にできない。現実世界に戻った僕は情報収集をすることにした。ゲームの画面を一度閉じ、ニュースやSNSを見る。VRゲームで遊んでいる人の行方不明事件や死亡事件が相次いでいるというニュースで世間は騒いでいた。
「やっぱりか……わざわざこんなことする必要あるのか……?アリアが心配だ……無事逃げれているといいけれど……」
不安な気持ちで頭がいっぱいになるが今はなにも出来ない。アリアは幼なじみだから一応別の方法で連絡を取ってみたが結果は悲しいものだった。電話もSNSも何も反応が無い。やっぱりか……と絶望している僕に一本の電話がかかってくる。確認すればアリアの……相沢 亜里亜の母親からだった。
「あぁ、玲央くん……?あなたは無事なのね……!」
「僕はというと……?」
彼女が黙る。すごく嫌な予感がした。
「……電話で説明するのもよくないわね。一度家に来てくれないかしら?あなたの顔もみたいわ」
亜里亜の母親はそう提案してくる。今は情報が欲しい。「もちろんですよ」と僕は承諾した。僕だって亜里亜の顔が見たい。
「今すぐ向かいますね、待っていてください」
「えぇ、ありがとう。急にごめんなさいね」
彼女との電話を切る。僕は簡単な荷物を持って家を飛び出した。もしあのニュースが本当で、被害者がエルドラのプレイヤーだったら……僕はあの時亜里亜をおいて、あんな危険な状況で彼女だけを残して死んでしまったのだ。エルドラ内の状況は分からない。嫌な想像が頭の中をぐるぐると埋めていく。そんな思考をかき消すように僕は彼女の家の方向へと全速力で走った。
ピンポンとチャイムを鳴らせば亜里亜の母親が迎えてくれる。茶色い柔らかな髪を一つに束ね、エプロンをした優しそうな女性だ。彼女は「わざわざありがとう」と僕を招き入れてくれた。
「その、亜里亜が目覚めなくなっちゃって……最近VRゲーム?で遊んでいる人が変な病気になってるってニュース……あるじゃない?それが原因なのかしらって……」
「……!そう、なんですね……」
どうやら目覚めなくなってしまっただけで、亜里亜はまだ無事らしい。とにかく安心した。きっとあの男からなんとか逃げれたのだろう。彼女の部屋に招待される。ヘッドセットをしたまま彼女はベッドの上で横になっていた。まるで悪い夢でも見ているかのように魘されている。
「何か知らない?もう……どうしたらいいか……」
「僕もこれに関してはよく分からなくて……その……力になれなくてすいません……」
彼女が泣くのをこらえているのが分かる。それはそうだろう、かわいい一人娘が目覚め無くなるだなんて不安で仕方ないはずだ。
「僕も今いろいろ調べているので、もし何かあったら僕の方からも連絡します。とにかく今は落ち着いてください。何があるか分からないのであのヘッドセットも外さないように、気をつけてくださいね」
「そうね……ありがとう……玲央くん……。あなたも気をつけてね?亜里亜と同じゲームしてたでしょう?」
「それは約束できませんが……もしかすると僕が亜里亜をつれて戻れるかもしれないので……彼女は僕が守りますから……!」
僕は母親を安心させようと笑顔で答える。子供のこんな言葉で安心できるわけはないのだが、彼女は僕の意図を汲んでくれたのか軽く微笑んだ。
「えぇ……きっと亜里亜もそれを望んでいるわ。せっかくだしご飯食べていってちょうだい。今日のご飯は……余っちゃいそうだから」
そう言って彼女はエプロンのヒモを結び直した。
目覚めなくなる人、行方不明になる人、死んでしまう人……条件は分からないが今のところ報告されている症例はこの三つだ。
「まだ情報が足りないなぁ……」
家に帰ってから、僕はエルドラと事件について再度検索する。同様の報告がどんどん増えていた。だが、それ以上の情報はまだ無い。公式から何か発表があるわけもなく、むしろ今日の更新のタイミングから公式サイトもSNSもだんまりだった。とりあえず次のログインに備えて一度休もうか……。気付いたらどっと体に疲れが来た。とにかくこのままでは良くない。向こうに戻った時にどんな影響が出るかわからないし……。僕はゆっくりとベッドに横になった。画面に表示されているタイマーを確認して次のログイン時には動けるようにアラームをセットする。
数時間後、僕は再びエルドラの世界に戻り、アリアと再会するために、そして世界を救うために再び戦うことを誓いながら目をつむった。
再びエルドラの世界にログインをして目を覚ましたら、どこかのベッドで寝ていた。
「あれ……?ここは……?」
体を起き上がらせれば、そばで座っていたアリアが声を上げた。
「レオンくん!!良かった……!死んでなかったのね……!!」
彼女は泣きながら僕を抱きしめる。とにかく状況を説明してもらった。
「ここはリリィちゃんのお家よ。あのとき……あの男に攻撃されたときにレオンくんがかばってくれて……もうだめだって思ったんだけど、あなたのネックレスが光って私達を守ってくれたの。一定時間無敵にでもなるのかしら……とにかく、そのうちになんとかあなたをかかえて遺跡の外に逃げたってわけ」
その後は村まで戻って、アンナさんとペトラと僕の看病をしてくれていたらしい。
「相変わらず私はログアウトできないし、あの男が私達のこと殺そうとしてたから……もしかしたらこの世界で死んだら現実でも死んじゃうんじゃないかなって……私不安で……」
「あぁ……アリア、そのことだけど……」
僕は現実世界で得た情報を彼女と共有した。僕たちの現実が徐々に溶けていくように、このゲームの世界に飲み込まれている。放っておけば、現実という概念すら消え去ってしまうだろう。その前に、僕たちは何としても阻止しなければならない。
「現実とこの世界を行き来できるのは、今のところ僕だけなんだと思う」
僕はアリアに向かって、決意を込めた眼差しで言った。
「僕はこの世界を救うために戦う。そして、行方不明になったプレイヤーたちを必ず見つけ出して救い出す。マルクスとペトラも助け出さないと……!それに君だってこの世界に閉じ込めておけないだろう?」
胸の奥深くで大きな決意が芽生え、心が鋼のように固くなった。この世界と現実の狭間で揺れ動く中、僕が成すべきことは明らかだった。僕は唯一、この加護「復活」を手にしたプレイヤーになってしまったのだ。この世界を見捨て、ただ現実に戻ることなんて考えられなかった。アリアの瞳に宿る不安の色が、夜明け前の曙光のように淡く輝いていた。
「でも、どうしてレオンくんだけが……?」
アリアは戸惑いを隠せなかった。
「わからない」
僕は正直に答えた。
「でも、それを知るために僕達はここにいるんだ。このゲームの真実を突き止め、すべてを元に戻すために」
心には希望と不安が交錯し、まるで嵐の中の船のように揺れ動いていた。しかし、僕は覚悟していた。この世界の真実を突き止め、平和を取り戻さねばならないと。僕はアリアを危険に巻き込んでしまうことを不安に感じていた。もし彼女がこの世界で命を落としたら、現実にも帰ってこれない。彼女の無邪気な笑顔や活発な声が、僕の心を揺さぶった。
「アリア、正直に言うと君を危険に巻き込むのが怖いんだ」
僕は素直に打ち明けた。
「君がもしこの世界で命を落としたら、僕はどうしたらいいかわからない。だから、君は安全なところに隠れていてもいいと思ってる」
アリアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその瞳に決意を宿して言った。
「……レオンくん、私だって怖いよ。でも、私はあなたと一緒に戦いたいの。私たちは一緒に強くなれるし、きっと乗り越えられるよ。今までもそうだったでしょう?」
彼女の言葉に僕は勇気づけられた。アリアの強い意志が僕の心を温め、僕たち二人の絆がさらに深まるのを感じた。
「ありがとう、アリア。君と一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる気がするよ」
僕は彼女に微笑みかけた。アリアも微笑み返し、
「そうでしょ?だから、共に行こう、レオン。」
と力強く言った。