宿は表通りの立派なところではなく、通りを二本入った場所にある、こぢんまりとした『風精霊の宿り木亭』というお店にした。
王都の相場はよく分からないけど、今まで通過した宿よりもちょっと高い。
それなのに部屋は一人部屋だと、かなり狭く感じた。
大きな魔獣とかだと一緒に泊まれないけど、スライムくらいなら一緒に寝泊まりしても大丈夫だった。
パンとコンソメ風スープだけの質素なお夕飯をいただき、部屋で寝る。
ポムはベッドの上というか、私の上に乗っかって寝るのが好きみたい。
「色々あって疲れたね」
「きゅぅ、きゅ」
「そうだよね。では、おやすみなさい」
ロウソク代がもったいないので、完全に空が暗くなる前に寝るのがこの国では一般的だ。
節約、節約。それにロウソクの火で火事になるのも怖いんだ。
はい、おやすみなさい。
ポムの重さもなんだか、心地いい。昔よりちょっと太った、いや成長したみたいだね。
朝になった。早く寝るから朝は日が昇って来ると自然と目が覚める。もう習慣になっていた。
お兄ちゃんは朝が弱い人で、いつもぐずぐずしてたっけ。今となってはそんなことも懐かしい思い出だ。
「おはよう、ポム」
「きゅぅ」
階段を下りて一階にいく。
「おはようございます」
「あらおはよう。よく眠れたかい?」
宿屋のおばさんだ。いやいや、お姉さまかな。まだまだすごく若く見える。
「はい。おかげさまで。枕も布団も気持ち良かったです」
「そうかい。朝ご飯はすぐ用意するけど、ちょっとだけ待っておくれ」
「はーい」
先に井戸に行き、顔を洗ってこよう。井戸は実は地下で
高度な錬金術を使えば、水道管と圧力で水を地上まで噴水みたいに持ち上げる技術もあるけれど、お値段もそれなりなので、王都全体をそういうふうにするのは無理な相談だろう。
まだ涼しい朝の井戸で、水を汲み上げて顔を洗った。
ポムも朝の水浴びをして、スッキリ快適だ。私は部屋で夕食後に水タオルで全身を拭いたから、朝から水浴びはしない。
それに年頃の女の子が外で水浴びなんてはしたないし、第一恥ずかしいもん。
ポムはそういえば、男の子だろうか、それとも女の子なのだろうか。スライムに性別ってあるのかな。
どっちでもいいかな、友達には違いない。ポムのほうがどう思っているかは、かなり謎だった。
「ポムって男の子なの? 女の子?」
「きゅぅきゅぅきゅぅ」
「ん? 三回か。どっちでもないってことかな」
「きゅぅ」
「そっか、どっちでもないんだ、へぇ」
ポムは雌雄同体だ。きっとそうだ。見たことはないけどウミウシという生物とかが雌雄同体なんだって。男の子と女の子、どっちでもあるんだよ。不思議だね。
おうちの本に書いてあったんだ。
手鏡を見ながら
髪の色は金髪、首元までのセミロングだろうか。あんまり長過ぎると手入れも大変だけど、女の子としてはそれなりに伸ばしたいのだ。
ちょっと癖っ毛で天然のウェーブが掛かっている。
目は水色、いわゆる
ついでに耳を見ると一般的人族より気持ち少し長くて尖っている。うちの家系はどうもご先祖様にエルフがいたんだって。
「ちょっとだけエルフ、なんだよね……」
「きゅっ」
手鏡は自作品。平面で反射率の高い綺麗な鏡は錬金術師の得意分野だ。鍛冶屋ではこうはいかない。櫛ももちろん自作品。
どちらもシンプルで装飾とかはないけれど、フリマを見た感じ、王都で買うとかなりの金額になりそうだった。
王都では手工業が発達しているなら、それを避けて薬屋だけど、こういう美容関連商品とかの生産もしてもいいかもしれない。ただそういうのを作るには、それなりの設備や器具が必要だった。
櫛はヤスリとノコギリみたいなものが必要だけど、ノコギリは持っていない。ヤスリは持ってきていた。
鏡を作るには、携帯用でもいいけど炉がいる。さすがに持っていない。
手鏡は全部で三つ持ってきている。全部自作品で売れ残りだ。村では需要が一巡してしまうと、もう誰も買ってくれない、ということがたびたび起こる。
でも作るのは好きだし、一度にいくつも作ったほうが効率もいいし、あとのほうが出来がいいというのもある。
朝ご飯を食べよう。
ポムはテーブルの下でお留守番だ。
朝食はパンとスープ、昨日の夜と一緒だった。昨日の余りかもしれない。
パンもスープも普通に美味しいけど、道中の宿では、ここよりも美味しいご飯を出すところもあったので、もしかしたらハズレだったのかな。
とりあえず、朝から今日も露店を開こう。活動開始だ。