斜陽街番外地。
場所としては、八卦池と砂屋の近く。
新しい店ができた。
テナント募集だった小さな建物に、
少し手を加え、涼しげな和の装いをした、本屋だ。
古書店かもしれないし、普通の本屋かもしれないし、
あるいはどっちもやるのかもしれない。
店主は着物を着た女性だ。
少し明るい茶色の髪を後ろでまとめて、
メガネをかけている。
頭には大ネジが刺さっていて、
「これを抜くと大変なんですよ」
と、冗談めかして笑ったものである。
屋号は『ことのは堂』
店主は、琴乃(ことの)と名乗っていたが、
「ことのは堂だから、琴乃。本名ではないです」
といったものだ。
琴乃は、言葉を好むらしい。
とじこもりの方でもなく、
割と斜陽街のあちこちにあいさつに出かける。
そして、いろいろな言葉を聞いて、
その意味に触れて、
納得するまで話して。
そういうことが、琴乃は好きらしい。
「言葉が身体を流れていくのが好きなんです」
琴乃は言う。
「本も好きですし、人も好きです。言葉も好きです」
琴乃はにっこり笑う。
「結局、みんな大好きなんです」
琴乃の本屋は、
とにかく本に満ちていて、
地震でも来たら大変かもしれないけれど、
幸い斜陽街にはそういうことがない。
琴乃は本の山の奥、
出かけていなければ言葉に関する何かをしているかもしれない。
したためているのか、調べているのか、読んでいるのか。
斜陽街の一角。
本屋ができた。
ことのは堂は、言葉を愛する書店だ。
何か話に行ったら、喜んでもらえるかもしれない。
八卦池と砂屋の近くだ。