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第568話 無声

羅刹は、殺し屋のようなことをしている、

生きる気力をもらって、意のままに殺す。

そういうことをしているのだが、

最近、羅刹は少しずつ、人間めいてきている気がする。

そんなことを言うのは、大体、洗い屋の女性で、

羅刹の髪を洗ってあげながら、

ぽつぽつと羅刹が話すことに耳を傾け、

ああ、羅刹君も成長しているんだな、

などとうれしく思うのである。


そんな羅刹であるが、

ときどきふらりと出かけることがある。

帰ってこないことはないし、

いってきますも、いってらっしゃいもない。

本当に、ふらっと出かける。

何も言い残さないのはいつものこと。

洗い屋の女性もそれをわかっていて、

あえて特別な言葉もかけない。


今回も、そんな感じでふらりと出かけた。


羅刹は五感が割と鋭敏にできている。

小さな音も、匂いも、

いろいろなものを生きるため、殺すためにとがらせてきた。

疲れたわけではない。

けれど、羅刹は音のない方へと歩いて行った。

斜陽街の中なら、目を閉じていってもわかる。

羅刹は五感を意識して閉ざす。

歩く感覚もおぼろに。

誰も守っていないけれど、

不安は不思議となかった。

どこに向かっているかはわからない。

けれど、感覚がぼんやりした方に、羅刹は歩いて行った。


不意に、何かにつまづいた。

受け身をとることも忘れて、倒れて、水の中へ。

羅刹は水の中で目を開けた。

サングラス越しでもわかる、斜陽街とは違うキラキラした水の中。


浮かび上がって、

羅刹はあたりを見回した。

感覚を閉ざしていたら、

やはり、どこか斜陽街でないところに出たらしい。


白い空、白い町。

声のない町だ。

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