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第566話 火酒

斜陽街一番街。

酒屋の店はある。

酒屋は店主と弟子の二人で切り盛りしている、

斜陽街によくある小さな店だ。


酒屋の主人はインチキな関西弁をしゃべり、

トレードマークの釣鐘マントは、何かのこだわりがあるのか、

なんだかんだではずしているのを見たことがない。


さて、この酒屋の店主。

思いの染みついた場所から酒を造ることができる。

思いを瓶にくゆらせ、

やがてそれは酒になる。

弟子もできないわけではないようだが、

技術ではやはり店主の方がうまい酒ができる。


そんな酒屋が、どこかに行って酒を造って戻ってきた。

卸すのはたいてい一番街のバー。

一つ一つにどんな場所だったとか、

どんな思いがありそうだったとか、

物語をつけてバーのマスターに選んでもらう。

その物語は酒屋が感じたものでもあるだろうし、

でっちあげかもしれない。


そのうちの一つの酒を、

バーのマスターはじっと見る。

「火酒やな」

「ウォッカでしょうか?」

「どこだったかは忘れたけれどな、言葉が反響しているとこやった」

「言葉が?」

「うまく言えんけどな、心に火をつけんばかりの強い言葉の場所」

「それで、火酒、と」

「そういうわけや」

火酒はそうして、酒屋の主人から、何本かの酒とともに卸される。


酒屋の主人はぼんやりと思う。

あの場所はなんだったのか。

そして、言葉が酒になることもあるものだろうかと。


その酒屋の主人の前に、火酒のカクテル一つ。

「お試しになられては?」

酒屋の主人は、にかっと笑った。

「おおきに」


強い言葉が、心に火をつける。

それはまるで、がんばれという言葉を力いっぱいかけられているようだ。

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