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第565話 勇者

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


アキは勇者を目指している少女だ。

幼いころから、勇者になるべく、

鍛錬は欠かさず、善行に励み、

何よりも勇敢であれと、自分自身に言い聞かせてきた。


この国は、賢帝と何人かの賢者でおさめられている、

平和な国だ。

人々は日々の実りに感謝をし、

賢者たちは人をよき方向に導き、

賢帝は、そんな国を民を、心底から大切に思っていた。


さて、この国にどうして勇者になりたがるアキのような少女がいるのか。

それは、黒の山という、国の北にある山。

そこには魔王がいるとされている。

魔王は、邪悪なものとされ、

魔王が世に解き放たれてはいけない。

そういうわけで賢帝と賢者は、

魔王は黒の山に閉じ込めた。


アキは思うのだ。

やっつけてしまえばいいと。

勇者になって、やっつければ、本当に世界が平和になるのにと。

アキは純粋すぎる。

アキはまっすぐすぎる。

そのアキが振るう剣には一転の迷いも曇りもなく、

アキの評判を聞きつけ、見に来た賢者の一人をうならせた。


賢者は言う。

「私たちは、言葉で魔王を閉じ込めているにすぎない」

「ことば?」

「今、魔王には剣も当らない。見ることもできない」

「なんで!」

「それが言葉の力だよ。魔王に力を与えないため、魔王を解放しないため」

「どうすればいいんですか?」

賢者はうっすら微笑んだ。


「透明なままでいてほしい。アキ、君の心が透明であれば」


そのあとの言葉を賢者は濁したが、

アキは、魔王をそうすれば倒せるんだと、大きくうなずいた。


閉じ込められた見えない魔王は、どうすれば救われるか。

見えない脅威を閉じ込め続けているこの国は、どうすれば本当に平和になるのか。

賢者は考える。

答えはまだ出ない。

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