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第560話 欲求

斜陽街一番街。バー。

妄想屋の夜羽は、ここに戻ってきた。


無口なバーのマスターは、会釈して、また、グラスを拭く。

夜羽も、ちょっとした散歩から帰ってきたかのように、

いつものボックス席につく。


何も変わらない、斜陽街の日常。


求めたものは近くにあるのか。

欲しがったものは遠くにあるのか。

どっちでもあるのかないのか。

夜羽はわからない。

何せ、歌姫の歌は遠くになってしまったから。

夢のように、遠くに。


戦って手に入れるもの。

涙とともに失うもの。

欲しいと思うそのとき、何かをなくしているのだろうか。


欲求は限りないと聞く。

何かが欲しいと追い求める、

それは、追うものの物語かもしれない。

そして、その物語にはなかなか終わりがないのだろう。

夢も現実も全部巻き込んで、

何かひとつを追い求める物語。

純粋で残酷で、一途な欲の物語。


バーの外では斜陽街の風が吹いている。

誰かが戻ってきたのかもしれない。

この街はいろいろなものを巻き込んでいる。

この街自体が、何かを欲している生き物かもしれない。

街の欲求はなんだろうか。

「覚えていて欲しい?」

夜羽はつぶやく。

正解か不正解かなんて、

街が言うはずもなく。

夜羽はぼんやりとボックス席で頬杖をつく。


欲しいものは見つけられましたか。

それはあなたの手の中にありますか。


もし、まだ手に入っていないのならば、

みっともないほど求めてみてはいかが?

必ず手に入れたいものがある。

それは何もおかしいことではありません。


夜羽はいつもの席でぼんやりと。

「欲求、かぁ」

やはりぼんやりとつぶやき、

欲が本当に欲しがっているものを、

わかる人なんてどのくらいいるだろうかと思った。


あなたの欲しいものは何でしょう?

欲求は適度に満たされたり渇いていたりしますか?

あなたの欲があなたを生かす。

たとえ、どんなあなたになろうとも。


ドアベルがなる。

カランコロン。

お客だろうか。


これもいつもの斜陽街。

ではまた。斜陽街で逢いましょう。

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