斜陽街一番街。バー。
妄想屋の夜羽は、ここに戻ってきた。
無口なバーのマスターは、会釈して、また、グラスを拭く。
夜羽も、ちょっとした散歩から帰ってきたかのように、
いつものボックス席につく。
何も変わらない、斜陽街の日常。
求めたものは近くにあるのか。
欲しがったものは遠くにあるのか。
どっちでもあるのかないのか。
夜羽はわからない。
何せ、歌姫の歌は遠くになってしまったから。
夢のように、遠くに。
戦って手に入れるもの。
涙とともに失うもの。
欲しいと思うそのとき、何かをなくしているのだろうか。
欲求は限りないと聞く。
何かが欲しいと追い求める、
それは、追うものの物語かもしれない。
そして、その物語にはなかなか終わりがないのだろう。
夢も現実も全部巻き込んで、
何かひとつを追い求める物語。
純粋で残酷で、一途な欲の物語。
バーの外では斜陽街の風が吹いている。
誰かが戻ってきたのかもしれない。
この街はいろいろなものを巻き込んでいる。
この街自体が、何かを欲している生き物かもしれない。
街の欲求はなんだろうか。
「覚えていて欲しい?」
夜羽はつぶやく。
正解か不正解かなんて、
街が言うはずもなく。
夜羽はぼんやりとボックス席で頬杖をつく。
欲しいものは見つけられましたか。
それはあなたの手の中にありますか。
もし、まだ手に入っていないのならば、
みっともないほど求めてみてはいかが?
必ず手に入れたいものがある。
それは何もおかしいことではありません。
夜羽はいつもの席でぼんやりと。
「欲求、かぁ」
やはりぼんやりとつぶやき、
欲が本当に欲しがっているものを、
わかる人なんてどのくらいいるだろうかと思った。
あなたの欲しいものは何でしょう?
欲求は適度に満たされたり渇いていたりしますか?
あなたの欲があなたを生かす。
たとえ、どんなあなたになろうとも。
ドアベルがなる。
カランコロン。
お客だろうか。
これもいつもの斜陽街。
ではまた。斜陽街で逢いましょう。