これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
季節が秋に変わりきってしまう前に、
アキは田舎から都会の家へと帰ってきた。
心にぽっかり欠落を残したまま、
夏が失われて、欠けたそれを抱えたまま。
アキは、もう、夏は二度と来ないのではないかと思った。
ナツはなぜ、永遠の夏休みにアキを閉じ込めてくれなかったのか。
ずっと一緒に、あの田舎で夏休みを楽しみたかった。
お祭りにいって、日差しの中で遊んで、
ナツのそばにいたかった。
夏休みが終わらなければ良かったのに。
アキは、田舎の空気のひとつもない、都会の自室で、
涙を流す。
悲しいんだろうか。
悔しいんだろうか。
季節がひとつ終わっただけなのに、
この季節は、ナツは、返ってこない。
愛していました。
ナツの最後の声がアキの中でふわりと響く。
ああ、そうか。
アキは何かがわかった。
愛するって、閉じ込めるだけじゃないんだ。
好きだったらきっとずっと一緒だった。
愛していたから、ナツは手放したんだ。
そして、もっと素敵になって欲しかったんだ。
アキの中の欠落は、
欠落をそのままにしたアキになった。
いつか季節が巡っていって、
様々のことを経験したアキになって、
あの夏のアキより素敵で大人になれれば。
ナツはきっとそれを望んだ。
アキは、何年かたって大人になったら、
あの田舎に再度行こうと決心している。
あそこにはナツがいる。
狐面をトレードマークにした、永遠のナツが、いる。
会うことはないかもしれない。
それでも、あの夏を再び感じてみたくなるに違いない。
愛しているなどと言い逃げした、
ナツに文句を言えないのはさびしいけれど、
ナツは、夏の中にいる。
巡る季節の見えないところに、ナツは、いる。
夢のような、物語のような、田舎の日々を思い出す。
いつかきっと、素敵な大人になったら田舎に行こう。
夏の日差しのまぶしさの端っこに、
狐面を認められたら。
アキの夏休みは、そこからまた始まるのかもしれない。