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第558話 再度

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


季節が秋に変わりきってしまう前に、

アキは田舎から都会の家へと帰ってきた。

心にぽっかり欠落を残したまま、

夏が失われて、欠けたそれを抱えたまま。

アキは、もう、夏は二度と来ないのではないかと思った。

ナツはなぜ、永遠の夏休みにアキを閉じ込めてくれなかったのか。

ずっと一緒に、あの田舎で夏休みを楽しみたかった。

お祭りにいって、日差しの中で遊んで、

ナツのそばにいたかった。

夏休みが終わらなければ良かったのに。

アキは、田舎の空気のひとつもない、都会の自室で、

涙を流す。

悲しいんだろうか。

悔しいんだろうか。

季節がひとつ終わっただけなのに、

この季節は、ナツは、返ってこない。


愛していました。

ナツの最後の声がアキの中でふわりと響く。

ああ、そうか。

アキは何かがわかった。

愛するって、閉じ込めるだけじゃないんだ。

好きだったらきっとずっと一緒だった。

愛していたから、ナツは手放したんだ。

そして、もっと素敵になって欲しかったんだ。


アキの中の欠落は、

欠落をそのままにしたアキになった。

いつか季節が巡っていって、

様々のことを経験したアキになって、

あの夏のアキより素敵で大人になれれば。

ナツはきっとそれを望んだ。


アキは、何年かたって大人になったら、

あの田舎に再度行こうと決心している。

あそこにはナツがいる。

狐面をトレードマークにした、永遠のナツが、いる。

会うことはないかもしれない。

それでも、あの夏を再び感じてみたくなるに違いない。

愛しているなどと言い逃げした、

ナツに文句を言えないのはさびしいけれど、

ナツは、夏の中にいる。

巡る季節の見えないところに、ナツは、いる。


夢のような、物語のような、田舎の日々を思い出す。

いつかきっと、素敵な大人になったら田舎に行こう。

夏の日差しのまぶしさの端っこに、

狐面を認められたら。


アキの夏休みは、そこからまた始まるのかもしれない。

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