これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
図書館の内乱は、
雨が止むように終わった。
多分、図書館の記録には、そんな風に記録が残るのだろう。
そんなことを羅刹は思った。
雨に魅入られた元司書は、雨の本に拒絶されて溶けた。
その事実だけで、司書たちは十分だったのかもしれない。
本を、物語を、言葉を、
何よりも大事にしている職業のものだ。
そして、言葉を大切にするから、
武器よりも、言葉で彼らは主義を確かめ合う作業をしている。
戦いの傷跡を癒しつつ、
彼らは言葉を交わす。
穏やかに、たまに激しく。
これも戦いか。
口下手な羅刹には、少し高度な戦いに見えないこともなかった。
羅刹は図書館の本棚に背を預けて、ため息をひとつ。
「あ、いたいた」
女性の声。アルファだ。
パタパタと近くにやってくる。
「おつかれ、羅刹。それじゃ、本だったよね?」
「ああ」
今回は生きる気力をもらうような仕事はしていない。
本の一冊ももらわないと、割に合わないと羅刹は思う。
おまけに、その本を読むのは、羅刹ではない。
「…らしくない」
羅刹はぼそっと。
アルファは聞かなかったふりをする。
羅刹の口下手ながらも一生懸命表現する女性像から、
アルファは一冊の文庫本をはじき出す。
「アルファのおすすめ」
アルファはにっこり笑う。
「司書の仕事って、やっぱりこれ」
「本を紹介することですか?」
「んーん」
アルファは軽く否定する。
「物語をつなぐこと。言葉をつなぐこと。人と本をつなぐこと」
「ふむ…」
「戦うよりも、やっぱりこっちのほうが性分にあってる」
「その手は戦い慣れていたと、思います、けど」
羅刹はぼそぼそ言う。
「けど?」
アルファはわざと聞き返す。
「いつか、戦い慣れていない手になると、いいなと思います」
羅刹は言い切って、きびすを返してその場から去る。
アルファがぽかんとしたあと笑っていたが、
羅刹は文庫本を洗い屋の女性に渡すんだということで、
結構頭がいっぱいだった。
喜んでもらいたい。今は、それだけ。