目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第556話 文庫本

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


図書館の内乱は、

雨が止むように終わった。


多分、図書館の記録には、そんな風に記録が残るのだろう。

そんなことを羅刹は思った。

雨に魅入られた元司書は、雨の本に拒絶されて溶けた。

その事実だけで、司書たちは十分だったのかもしれない。

本を、物語を、言葉を、

何よりも大事にしている職業のものだ。

そして、言葉を大切にするから、

武器よりも、言葉で彼らは主義を確かめ合う作業をしている。

戦いの傷跡を癒しつつ、

彼らは言葉を交わす。

穏やかに、たまに激しく。

これも戦いか。

口下手な羅刹には、少し高度な戦いに見えないこともなかった。


羅刹は図書館の本棚に背を預けて、ため息をひとつ。

「あ、いたいた」

女性の声。アルファだ。

パタパタと近くにやってくる。

「おつかれ、羅刹。それじゃ、本だったよね?」

「ああ」

今回は生きる気力をもらうような仕事はしていない。

本の一冊ももらわないと、割に合わないと羅刹は思う。

おまけに、その本を読むのは、羅刹ではない。

「…らしくない」

羅刹はぼそっと。

アルファは聞かなかったふりをする。


羅刹の口下手ながらも一生懸命表現する女性像から、

アルファは一冊の文庫本をはじき出す。

「アルファのおすすめ」

アルファはにっこり笑う。

「司書の仕事って、やっぱりこれ」

「本を紹介することですか?」

「んーん」

アルファは軽く否定する。

「物語をつなぐこと。言葉をつなぐこと。人と本をつなぐこと」

「ふむ…」

「戦うよりも、やっぱりこっちのほうが性分にあってる」

「その手は戦い慣れていたと、思います、けど」

羅刹はぼそぼそ言う。

「けど?」

アルファはわざと聞き返す。

「いつか、戦い慣れていない手になると、いいなと思います」

羅刹は言い切って、きびすを返してその場から去る。


アルファがぽかんとしたあと笑っていたが、

羅刹は文庫本を洗い屋の女性に渡すんだということで、

結構頭がいっぱいだった。

喜んでもらいたい。今は、それだけ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?