目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第554話 沢山

砂屋は斜陽街を歩いていた。

砂屋は砂を扱っている職業のものだ。

砂の意思を読み、砂をある種操る。

そして、砂をきれいにして売っている。

ざっと説明すればそんなことをしている。


砂屋はどこかのアジアの人間がかぶっているような、

円錐の浅い菅笠をかぶっていて、

服装こそあまり個性的ではないが、

特別目立ってもしょうがないのかもしれない。

他の連中が、変なところで個性的過ぎるのかもしれない。


砂屋は、斜陽街の石を拾って、

意思を読み取って砂にしようかと試みてみる。

砂屋はそういうこともできる。

出来るけれど、そうまでしても意思を失わない砂はそうそうない。

たとえるなら、

物語を文章言葉の単位まで分解しても輝くか。

そういうものかもしれないと思う。


砂屋は、石と無言の会話をして、

石をまたもとの場所において、

歩き出そうとする。


「あら?」

上から声。

見れば、マネキンが壁から生えている。

「ここから先は落ち物通りよ、何か落としたいのかしら?」

砂屋は、マネキンに視線を上げて、

菅笠をずらして挨拶する。

「砂屋です、どうも」

「あら、こんにちは。砂を探しに来たの?」

「それもあるし、散歩でもあります」

「何か見つけた?」

マネキンは興味しんしんで。

「この町は、砕きにくい言葉の砂でできている気がします」

砂屋は感覚を説明する。

「独立しているようで、みんながいないとちゃんと表現できない」

「ふぅん…」

「石や砂と言うより、斜陽街はひとつの生き物かも知れませんね」

「いきもの?」

「はい」

砂屋は肯定する。

「生きています。沢山の言葉と物語を抱えて」

マネキンはくすっと笑う。

「あたしたちはなんなのかな?」

砂屋は答える。

「そりゃ簡単です」

「なぁに?」


「この斜陽街の住人です」


砂屋が涼しげにこともなく言うものだから、

マネキンは当たり前のことを言われたことに、気がつくのが遅れた。

気がついたら笑い出し、

「最高よ、砂屋さん」

と、手放しでほめた。


砂屋は菅笠に顔を隠すようにして、照れながらその場をあとにした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?