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第553話 離脱

斜陽街三番街、がらくた横丁の螺子師の店。

店の前に倒れていた螺子師は、むくりと身体を起こす。

「あー…」

螺子師は自分の記憶などを再構築する感覚を使う。

うまく説明できないけれど、

あそこから離脱したらしい。

「起きた?」

螺子師の近くで、タバコをすっているふざけた奴。

螺子師は、怒る気力も今のところない。

ため息を大きくついて、

「起きた。散々だ」

螺子師にしては珍しく、疲れきっている。

螺子ドロボウはそれをかぎとる。

「…変な箱については、ごめん」

いつになく、螺子ドロボウは気持ち悪いほど素直で、

螺子師は疲れた顔に、驚愕を浮かべたあと、苦笑い。

「今度からは気をつけろ」

「うん」

螺子ドロボウは、タバコをふかす。

螺子師は、とにかくあちこちの螺子を調整しなくちゃと思うのに、

身体が疲れて言うことを聞かない。


「螺子師さん、少し休むといいよ」

「誰の所為だと思って…」

「うん、螺子ドロボウが悪いです。だから」

「だから?」

「俺の望みで多分ああなったから、ごめんなさい」

「ちょっと、まて」

螺子ドロボウは、タバコの火を消すと、

「ごめん」

と、言い残して、消えた。

あとには、疲れた身体をどうにか引きずって、店に戻る螺子師の姿。


螺子ドロボウのささやかな望み。

触れるか触れないかの距離を永遠に続けられないか。

多分、あの箱はそれを忠実に再現した。

まさかパンドラの箱の中と言うことはないだろうけど、

あの箱の中の空は、それなりに楽しかった。

そして、その中の物語から、彼らは離脱を望んだ。


疲れた螺子師は夢を見る。

夢の中螺子師は空を見上げている。

青い青い空。

そこから、何かが落ちてくる。

ふざけた奴が落ちてくるとわかっているのに、

螺子師は少しだけ愉快な気分になる。


箱の中から。

彼らは青い物語から離脱して、

彼らの物語を、また、つむごうとしている。

彼らの舞台はどこでもいいのかもしれないし、

なじんでいるのが、たまたま、斜陽街と言うある種の故郷なのかもしれない。


彼らは斜陽街に帰ってきて、

箱はどこかに消えてしまった。

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