目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第552話 材料

斜陽街番外地。

何番街とされていない通り。

いわゆる路地裏に、扉屋はある。

扉屋は扉を作っている。

材料はそれこそ様々。

扉屋の扉は、別の世界をつないでいるともっぱらの噂で、

そこをくぐってどこかに出かける連中もいるし、

どこかからやってくる奴らもいる。


扉屋の主人の老人は、

皺の深く掘られた老人で、

いつも何かしらの扉を作っている。

誰かが、千の扉を作れと神に言われた、と、

つぶやいているのを聞いたと言う。

広さの感覚がおかしくなるほど、扉だらけの扉屋にいると、

とっくに千の扉を越えているんじゃないかとすら思う。

実際、数を数えたものはいない。

扉屋自身も、数えていないかもしれない。

千でなく、無数の扉と言い換えてもいいのかもしれない。

無の数。

それは、あるのか、ないのか。


扉が置かれている空間の広さもかなりの謎ではあるけれど、

材料は一体どこから調達しているのだろうか。

扉屋の倉庫らしい扉の向こうには、

いつも何かしらの材料が転がっているらしい。

扉屋はそれを引っ張り出してきて、

しばらくの作業の後、扉に仕立て上げる。

不思議は何もないのかもしれない。

ただ、倉庫と思っているそこが、

斜陽街でないのかもしれないと言うことをのぞいて。


扉屋は今日も扉を作る。

扉は作って、開かなくてはならない。

扉屋が開くのではなく、

誰か、別のどこかに行きたいと求めるものが、

扉を開くのがいいらしい。

開いたそのときから、扉は向こうとこちらをつなぐ。

扉をくぐればどこかにいける。


どの扉がどこにつながっているのか、

扉屋はわかっているけれど、説明してくれない。

扉屋は扉を作る。

誰かが扉を開く。

扉屋の扉は全ての世界をつないでいるわけじゃない。

けれど、あらゆる世界に通じる扉屋になったとしても、

扉屋はそれでも、どこかから材料を調達してきて、

新しい扉を作るのかもしれない。

それを開くのが、誰なのか、それは扉屋にもわからない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?