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第551話 歌姫

夢物語の国の端っこ。

浜辺でテープレコーダーの歌姫と、夜羽は並んで、いる。

夜羽は座っていて、

海を見るように顔を向けている。

時間はすっかり歪んでいて、

朝になって、夜になって、月が満ちてかけて。

その歪んだ時間の中、歌姫の歌は、変わりことなくすばらしく、

歌姫がいる意味を夜羽は見出す。

うまく説明がつくわけではないけれど、

すばらしいものは、夢も時間も妄想も物語も、

全てを超えることができるのではないだろうか。

夜羽が感じるところ、この歌姫の歌がすばらしかっただけで、

何かに特別を見出すことができれば、

それは、どこにでも存在しうる。

夢物語から何かを持ち帰ることだって出来る。


そう、夢や物語から、すばらしい欠片を持ち帰れる。


「歌姫さん」

「イヴと言うの」

「では、イヴさん」

「なぁに?」

夜羽は歌姫イヴのほうを向いて、

「一緒にこの国を出る気は、ありますか?」

イヴは答える。

「ないわ。残念だけど。でも」

「でも?」

「あなたが私を覚えていれば、私は永遠に歌えると思うの」

「永遠…ですか」

「ええ」


閉じ込められたような永遠の中、

歌姫イヴは歌うだろう。

求め焦がれた果てに、イヴは歌を贈るだろう。

あなたの耳にもイヴの歌はきっと届いている。

聞こえにくかったら、夢を見るといいかもしれない。

夢物語の端っこで、

テープレコーダーの姿をしたイヴが歌っている。


爆発で吹き飛ぶ主義主張。

永遠の記録を求めて溶けるもの。

貼紙が人を待っている。

繰り返される季節。

落ちる自由。

みんな、何かを求めているからそうなった。


「私はここで歌い続けるわ」

夜羽は立ち上がる。

「あなたにお会いできて嬉しかったです」

「私も、会えてよかった」

「では、帰ります」

「ええ、さよならでは、さびしいわね」

「特別な言葉である必要はありません」

夜羽はそう言って、

「さよなら。きれいな言葉じゃないですか」


夜羽は、歌姫イヴと別れて、帰路に着いた。

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