これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
プールが海になったかもしれない。
水泳部は困った。
大会もあるというのに、プールがうまく使えない。
波打つし、流れがある。
「弱ったなぁ」
水泳部の誰かがぼやく。
「顧問に聞いて、市内のプールで泳ごうぜ」
「じゃあこのプールどうするのさ」
「んー、遊び場?」
誰かが適当に言ったことが、
誰かのツボに入って大笑いになる。
「どうなっているとも知れない遊び場ってないだろうよ」
「波のプールって楽しいじゃないか」
「そうだけどさー」
「練習は市民プール、遊びはこっちで」
「じゃ、早速遊ぶか」
水泳部の誰かが飛び込む。
潮の香りがするプールだ。
「ひゃー!きもちいい!」
海のプールは波打っている。
水泳部はどんどん飛び込んでいく。
「ほんと、海みたいだよな」
「いい感じいい感じ」
「ひゃっ!」
誰かが悲鳴を上げた。
「どうした?」
「何かもにってした!」
「もに?」
水泳部が一斉にもぐりだす。
そこに見たのは、クラゲ。
小さなクラゲが無数にいる。
浮かび上がってきて、慌てふためく。
「クラゲクラゲ」
「くらげ?」
「そこのほうから、うわーっている」
「くらげだぁ?」
「さされたやついるか?」
「いないみたいだけどさー」
「おちつけ、おちつけよ」
誰かが落ち着くように促す。
「ここは、海じゃなくてプールのはずだろ」
「プールだよな」
「学校のプールだ」
「潮のにおいがするけど、プールだ」
「うん」
「波が立ってるけどプールだよな」
「どう見ても回りは学校だしな」
「落ち着けよ、落ち着けよ」
「お前が落ち着けよ」
「何でクラゲがいるんだ?」
誰も答えられない。
やがてクラゲが水面までやってくる。
目の錯覚ではない。クラゲだ。
「遊んでられないと思う」
「賛成」
「あがろうぜ」
水泳部は次々とあがる。
その身体に潮の香りを残して。
「クラゲだなぁ」
「クラゲだなぁ」
ほうけたように、海になっていくプールを見る。
魚影すら見える気がする。
「とにかく遊んでられないことになったわけだ」
「そうだなぁ。波だけなら楽しかったけど」
「顧問に相談だ」
「信じてもらえるかな」
「だったら、連れてくるしかないだろ」
波の立つプール。
水面に生き物の影。
学校のプールは、海になろうとしていた。