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第368話 海月

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


プールが海になったかもしれない。

水泳部は困った。

大会もあるというのに、プールがうまく使えない。

波打つし、流れがある。

「弱ったなぁ」

水泳部の誰かがぼやく。

「顧問に聞いて、市内のプールで泳ごうぜ」

「じゃあこのプールどうするのさ」

「んー、遊び場?」

誰かが適当に言ったことが、

誰かのツボに入って大笑いになる。

「どうなっているとも知れない遊び場ってないだろうよ」

「波のプールって楽しいじゃないか」

「そうだけどさー」

「練習は市民プール、遊びはこっちで」

「じゃ、早速遊ぶか」

水泳部の誰かが飛び込む。

潮の香りがするプールだ。

「ひゃー!きもちいい!」

海のプールは波打っている。

水泳部はどんどん飛び込んでいく。

「ほんと、海みたいだよな」

「いい感じいい感じ」


「ひゃっ!」

誰かが悲鳴を上げた。

「どうした?」

「何かもにってした!」

「もに?」

水泳部が一斉にもぐりだす。

そこに見たのは、クラゲ。

小さなクラゲが無数にいる。

浮かび上がってきて、慌てふためく。

「クラゲクラゲ」

「くらげ?」

「そこのほうから、うわーっている」

「くらげだぁ?」

「さされたやついるか?」

「いないみたいだけどさー」

「おちつけ、おちつけよ」

誰かが落ち着くように促す。

「ここは、海じゃなくてプールのはずだろ」

「プールだよな」

「学校のプールだ」

「潮のにおいがするけど、プールだ」

「うん」

「波が立ってるけどプールだよな」

「どう見ても回りは学校だしな」

「落ち着けよ、落ち着けよ」

「お前が落ち着けよ」

「何でクラゲがいるんだ?」

誰も答えられない。


やがてクラゲが水面までやってくる。

目の錯覚ではない。クラゲだ。

「遊んでられないと思う」

「賛成」

「あがろうぜ」

水泳部は次々とあがる。

その身体に潮の香りを残して。

「クラゲだなぁ」

「クラゲだなぁ」

ほうけたように、海になっていくプールを見る。

魚影すら見える気がする。

「とにかく遊んでられないことになったわけだ」

「そうだなぁ。波だけなら楽しかったけど」

「顧問に相談だ」

「信じてもらえるかな」

「だったら、連れてくるしかないだろ」


波の立つプール。

水面に生き物の影。

学校のプールは、海になろうとしていた。

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