斜陽街二番街、通称猫屋敷。
空飛ぶ魚のシキは、本を頭の上に乗せたまま、
二番街の猫屋敷にやってきた。
呼び鈴を押そうとして、考える。
「猫は、魚が好きらしいな」
シキはイメージする。
扉を開けた途端、目の色変えた猫が、
シキに飛び掛ってくるようなイメージ。
シキはぞっとする。
ここには本のことは声をかけないで行こうか。
怖気づいた。
イメージの猫は、シキをむしゃむしゃと食べてしまう。
シキはぶるぶると頭を振る。
あたって砕けろだ!
ピンポーン。
静かに呼び鈴が響く。
「はい。どちらさまでしょう」
「空飛ぶ魚のシキだ。用件があって斜陽街を回ってる」
「はい、今開けますね」
中から声がして、扉が開かれる。
シキはぎゅっと目をつぶる。
にゃー
平和な猫の鳴き声がする。
シキは恐る恐る目を開ける。
猫がいっぱいいる。
不思議そうにシキを見ている。
平和そうににゃあと鳴いていたり、
ゆっくりくつろいでいたりする。
魚に目の色変える猫は、一匹もいない。
「ご用件は何でしょう」
女性の声に、シキははっとする。
猫屋敷の女主人だ。
「この白紙ばっかりの本に、いろんな物を書いてもらいたいんだ」
「どれどれ?」
猫屋敷の女主人が、ぱらぱらとページをめくる。
「あらあら楽しいこと」
ころころと笑う。
「うちは書くことはありませんし…そうですねぇ」
女主人が猫たちを見る。
「肉球スタンプをたくさん押しましょう。そうしましょう」
「にくきゅう?」
「この手のぷにぷにですよ」
女主人が猫の前足を示す。
ぷにぷにの肉球がある。
「はー…」
シキが納得しているそばで、猫屋敷中の猫が集められる。
「一列に並んで。みんなでスタンプよ」
にゃーにゃー
平和な猫の鳴き声がする。
シキはゆったりとした気分になる。
平和だ、ただただ平和だ。
猫は魚に飛び掛らないし、
ぷにぷにの肉球スタンプを押してくれるという。
(あたって砕けるものだな)
シキはふよふよ浮きながらそんなことを思う。
「…と、これで最後」
猫の行列が終わる。
白紙の本には、たくさんの肉球スタンプが押された。
それでもまだ空きがある。
「ありがとう。邪魔したな」
シキは本を頭の上に乗せると、
またふよふよと斜陽街に出て行った。