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第366話 異世界

斜陽街番外地、扉屋。

しわの深い扉屋の爺様が、

いつも扉を作っている。

扉は作られただけでは完成でなく、

誰かが開き、異世界をつなげることで完成するらしい。

狭いはずの扉屋の中は、

あふれんばかりの扉で埋め尽くされている。

そのほとんどが異世界をつないでいるという。

もし、斜陽街に迷い込んだ人がいたとして、

扉屋にやってきてしまったら、

どこに行ってしまうか、わからない。

危険でもあるし、冒険でもある。

扉屋の爺様は、そんなことを知ってか知らずか、

いつものように扉を作っている。

どこにそんな素材があるのかもわからない。

どこかから素材を引っ張りだし、

どこかから道具を引っ張りだし、

あらゆる扉を作り出している。


「邪魔するでー」

扉屋の玄関口の扉が開かれ、

酒屋の主がやってくる。

扉屋を勝手知ったる風に飄々と歩く。

扉が一枚開いている。

それは、斜陽街でないどこかをつないでいる。

「またどこかいったんか」

「探偵だ」

ボソッと扉屋の主人はつぶやく。

酒屋の主は、片眉をあげる。

「どうした」

「いや、なんでもあらへん」

「なら、表情を変えるな」

「へーい」

酒屋の主は軽く返すが、

正直びっくりした。

誰にも干渉しない扉屋の爺様が、

ちゃんと探偵が行ったということをわかっていたとは。

もしかしたら扉屋の爺様は、

酒屋の主が気がついていないだけで、

扉を開いてくれる人に、敬意を表しているのかもしれない。

…気がついていないだけで。

表情を変えるなというのは、扉屋がきっと敏感なのだろうという証。

扉を開けない扉屋は、

山のような扉を開いてくれる訪問者を、

心から歓迎しているのかもしれない。

行ってしまうこと、帰ってくること、そして、感情の揺れ動き。

そういったものに、とても敏感なのかもしれない。


「探偵は帰ってくるかい?」

「帰ってこよう」

ボソッと扉屋の爺様がつぶやく。

酒屋の主はふっと笑う。

敏感なのをどう表現していいかわからない、

職人気質というやつなのかもしれない。

そして、その心の敏感さが、

異世界さえもつないでしまう扉に現れるのかもしれない。

願い、祈り、望み、

深いしわに刻まれた感情。

「じゃ、行くで」

酒屋の主は、扉屋の非常口から出て行った。

あとには扉屋の爺様が残った。

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