斜陽街番外地、扉屋。
しわの深い扉屋の爺様が、
いつも扉を作っている。
扉は作られただけでは完成でなく、
誰かが開き、異世界をつなげることで完成するらしい。
狭いはずの扉屋の中は、
あふれんばかりの扉で埋め尽くされている。
そのほとんどが異世界をつないでいるという。
もし、斜陽街に迷い込んだ人がいたとして、
扉屋にやってきてしまったら、
どこに行ってしまうか、わからない。
危険でもあるし、冒険でもある。
扉屋の爺様は、そんなことを知ってか知らずか、
いつものように扉を作っている。
どこにそんな素材があるのかもわからない。
どこかから素材を引っ張りだし、
どこかから道具を引っ張りだし、
あらゆる扉を作り出している。
「邪魔するでー」
扉屋の玄関口の扉が開かれ、
酒屋の主がやってくる。
扉屋を勝手知ったる風に飄々と歩く。
扉が一枚開いている。
それは、斜陽街でないどこかをつないでいる。
「またどこかいったんか」
「探偵だ」
ボソッと扉屋の主人はつぶやく。
酒屋の主は、片眉をあげる。
「どうした」
「いや、なんでもあらへん」
「なら、表情を変えるな」
「へーい」
酒屋の主は軽く返すが、
正直びっくりした。
誰にも干渉しない扉屋の爺様が、
ちゃんと探偵が行ったということをわかっていたとは。
もしかしたら扉屋の爺様は、
酒屋の主が気がついていないだけで、
扉を開いてくれる人に、敬意を表しているのかもしれない。
…気がついていないだけで。
表情を変えるなというのは、扉屋がきっと敏感なのだろうという証。
扉を開けない扉屋は、
山のような扉を開いてくれる訪問者を、
心から歓迎しているのかもしれない。
行ってしまうこと、帰ってくること、そして、感情の揺れ動き。
そういったものに、とても敏感なのかもしれない。
「探偵は帰ってくるかい?」
「帰ってこよう」
ボソッと扉屋の爺様がつぶやく。
酒屋の主はふっと笑う。
敏感なのをどう表現していいかわからない、
職人気質というやつなのかもしれない。
そして、その心の敏感さが、
異世界さえもつないでしまう扉に現れるのかもしれない。
願い、祈り、望み、
深いしわに刻まれた感情。
「じゃ、行くで」
酒屋の主は、扉屋の非常口から出て行った。
あとには扉屋の爺様が残った。