これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
ハナはいつものように自転車をこいでいた。
弟を後ろに乗せて。
何かが欠けている気がしたが、
それが何なのか、よくわからなかった。
とても近くのものが、欠けている気がした。
いつものように、坂道をすごいスピードで越えて、
学校の近くまでやってくる。
「ダケダ」
「うん、タケダさんのところに行こうか」
「ダケダー」
ハナは自転車をこぐ。
そして、コンビニを目指した。
近くの高校生から、タケダのコンビニと呼ばれているコンビニがある。
そこの店長がタケダさんというからだ。
タケダはもともとはサラリーマンをしていて、
ある日思い立ってコンビニの店長に転職した。
どうにも疲れた感じの濃い細身の中年で、
髪には白いものが混じり始めている。
「タっケダさーん」
「ダケダー」
ハナと弟が元気よく声をかける。
タケダはコンビニの前の掃除をしていた。
「いつも元気だねぇ」
「へっへー」
弟が照れたように笑う。
「今日は何を買っていくのかな」
「お茶、それから弟にジュースかな」
「いつもお弁当を作っているんだねぇ」
「あたりまえでしょ」
言ってから気がつく、誰かいつもコンビニ弁当の人がいなかったか。
「新しいお茶が入荷してあるよ。試してみてはどうかな」
「まじ、たのしみー」
ハナは自転車を止め、弟をよいしょとおろす。
弟はコンビニの自動ドアでちゃんと開いてから入る。
以前自動ドアをわからなくて、ぶつかったのもいい思い出だ。
ハナは新作のお茶と、弟のためのお菓子とジュースを買い、
高校に向けてラストスパートを切る。
朝のチャイムまであと少しだ。
タケダは、そんな、まぶしいハナを見送ると、
また、掃除にかかった。
地域の便利屋。
タケダはそんなことを思う。
便利屋。
サラリーマン時代もそんなものだった。
会社の便利屋に過ぎなかった。
変わりたかった。
もっと何かしたかった。
自分が何かしているんだぞと大声をあげてみたかった。
今はどうだろう。
ただの便利屋に成り下がっていないか。
タケダはここを利用する人を思い描く。
ハナと弟をはじめ、たくさんの学生。
「ここも悪くないさ」
タケダはつぶやく。
疲れているように見えるが、
仕事をしているもの特有の満ち足りた目をしていた。