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第362話 便利

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


ハナはいつものように自転車をこいでいた。

弟を後ろに乗せて。

何かが欠けている気がしたが、

それが何なのか、よくわからなかった。

とても近くのものが、欠けている気がした。


いつものように、坂道をすごいスピードで越えて、

学校の近くまでやってくる。

「ダケダ」

「うん、タケダさんのところに行こうか」

「ダケダー」

ハナは自転車をこぐ。

そして、コンビニを目指した。


近くの高校生から、タケダのコンビニと呼ばれているコンビニがある。

そこの店長がタケダさんというからだ。

タケダはもともとはサラリーマンをしていて、

ある日思い立ってコンビニの店長に転職した。

どうにも疲れた感じの濃い細身の中年で、

髪には白いものが混じり始めている。


「タっケダさーん」

「ダケダー」

ハナと弟が元気よく声をかける。

タケダはコンビニの前の掃除をしていた。

「いつも元気だねぇ」

「へっへー」

弟が照れたように笑う。

「今日は何を買っていくのかな」

「お茶、それから弟にジュースかな」

「いつもお弁当を作っているんだねぇ」

「あたりまえでしょ」

言ってから気がつく、誰かいつもコンビニ弁当の人がいなかったか。

「新しいお茶が入荷してあるよ。試してみてはどうかな」

「まじ、たのしみー」

ハナは自転車を止め、弟をよいしょとおろす。

弟はコンビニの自動ドアでちゃんと開いてから入る。

以前自動ドアをわからなくて、ぶつかったのもいい思い出だ。


ハナは新作のお茶と、弟のためのお菓子とジュースを買い、

高校に向けてラストスパートを切る。

朝のチャイムまであと少しだ。

タケダは、そんな、まぶしいハナを見送ると、

また、掃除にかかった。

地域の便利屋。

タケダはそんなことを思う。

便利屋。

サラリーマン時代もそんなものだった。

会社の便利屋に過ぎなかった。

変わりたかった。

もっと何かしたかった。

自分が何かしているんだぞと大声をあげてみたかった。

今はどうだろう。

ただの便利屋に成り下がっていないか。

タケダはここを利用する人を思い描く。

ハナと弟をはじめ、たくさんの学生。

「ここも悪くないさ」

タケダはつぶやく。

疲れているように見えるが、

仕事をしているもの特有の満ち足りた目をしていた。

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