これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
アキはいつものように学校にやってきた。
コンクリートにひびの入った学校。
アキはそれが怪獣に見える。
人を飲み込んで変質させる化け物。
アキはそれを嫌だと感じた。
誰もが大人になる。
大人になるステップとして、学校なんかがあるのかもしれない。
この怪獣に飲み込まれて、咀嚼されて、
出てきたときには変質している。
大人になるために、それをくぐり抜けなければならない。
どんどん変質していって、
一番最初の輝きがなくなってしまう。
アキは目を閉じて思う。
アキにも輝きがあった。
いくつか怪獣に咀嚼されて、
アキの輝きも変質したように思う。
これ以上怪獣の腹の中にいては、
アキは何も輝かなくなる。
アキはそれが怖かった。
大人になるって言うことは、
子どもをどんどん変質させていくこと。
アキはそう思う。
コンクリートの怪獣はその設備。
大人が作り出した、大人のための設備。
アキは決意する。
脱出しよう。この怪獣の腹から。
昼休み。
アキは学校の屋上に上がる。
そこからは海が見える。
さざなみの立っている海だ。
アキはフェンスを越える。
(自殺?)
アキは自分に問いかける。
(違う。脱出するんだ)
アキは一人で答える。
きらきら輝く海は、
アキの最初の輝きを持っているように感じた。
あそこまで飛ぼう。
そう、飛ぶんだ、ここから。
大切なものをどんどん変質させてしまうこの怪獣から、
脱出するんだ。
アキはそっと屋上から飛び降りる。
ふわりと風が吹く。
アキはまっさかさまに落ちていく。
(輝きを)
アキの中にすごい音数のオルゴールが流れる。
海のように輝く音。
その音に、ギターのかきむしるような音色が混ざる。
(私の原初の輝きを)
アキは音に飲み込まれたような感覚を持った。
これは脱出だ。
怪獣の腹の中からの脱出。
輝きを失いたくない、それだけの脱出。
たとえ地面に激突してもいい。
海の輝きを感じられたからいい。
ああ、海のようなあの音色はどこから来るんだろう。
アキの意識はいったん途切れた。