斜陽街番外地、落ち物通り。
色とりどりの魚のシキは、ふよふよと飛んでいた。
「やや?」
シキは落ち物通りの入り口で、
妙なものを見つけた。
それは、真っ白の本だ。
文庫サイズよりは大きいが、
絵本サイズほど大きくない。
ふよふよ飛んでいって、あたりを見回す。
「あら、お魚さん」
上から声がする。
落ち物通りの入り口に頭と右手が生えている、
スキンヘッドのマネキンだ。
「本、だな」
「ええ、あたしがぼんやりしてたら、誰か落としていったみたい」
落ち物通りは何かを落としていく通り。
スキンヘッドのマネキンは、落ち物通りの入り口で注意をしてくれる。
これ以上進むと何かを落としてしまう、と。
この本は入り口に落ちている。
落ち物通りの属性で落ちたものではない。
もしかしたら、不意に現れたものかもしれない。
「さてさてどんな本だろうな」
シキがひれを使って本のページをめくる。
ぱらぱらぱら。
めくってもめくっても白紙。
「なんだこりゃ、真っ白じゃないか」
表紙同様真っ白の本。
白紙の続く本だ。
どこまでも白紙。最初から最後まで。
表紙も裏表紙も背表紙も。
ただ、紙でできていることは間違いないらしい。
特別いい紙でもない。
悪い紙でもない。
普通の白紙のようだ。
シキは本を閉じた。
パンと軽い音がする。
「どうしたものかな」
シキはマネキンに尋ねる。
「そうねぇ、持ち主がいないなら…」
「いないなら?」
「何か書いてもらっちゃえば?」
「書いてもらう?」
「そうよ、斜陽街には変人が多いらしいし、落書きでもいいわよ」
「そりゃ面白いな」
「あたしはここから動けないから、お魚さんが持っていくといいわ」
「おう、まかしとけ」
シキはひょいと真っ白の本を頭に乗せた。
バランスをとって、ふよふよ浮かぶ。
「それじゃ、ちょっといってくらぁ」
「いってらっしゃーい」
スキンヘッドのマネキンが、右手をひらひらと振った。
シキはふよふよと飛ぶ。
シキは想像する。
自分が色を得たように、この本も何か書かれるだろうか。
それは一体どんな色彩だろうか。
シキは本を頭に乗せて、ふよふよと斜陽街を飛んだ。