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第356話 連弾

ここは斜陽街二番街の、ピエロットという喫茶店。

店に入ればオルゴールの音が聞こえる。

周りを見渡せば、そこかしこにピエロが置かれている。

ピエロの仮面、ピエロの置物、ピエロの絵画、

出迎える店員もピエロの顔をしている。


ピエロットの隅っこのほうに、

ギターを抱えた男がいる。

ピエロットのギター弾きといえば、斜陽街の住人の一人だ。

コーヒーをすすりながら、ギターを奏でているのが日常だ。

彼の過去については、わからないことのほうが多い。

時々、アキという名前をつぶやき、

遠い目をするようなしぐさをする。

前髪が長くてどうも視線はよく見えない。

彼にとって「アキ」は懐かしいもので、遠いもので、とどかないもので、

悲しみとあきらめ、そして、どうにかこの気持ちを届けたいもの。

それは一種の悪あがきに近いらしい。

「アキ」は遠いところにいるらしい。


 太陽にこがれる道化になる…


ギター弾きはワンフレーズ歌った。

太陽は遠くで輝いているのがいい、

それなのにどうして、あこがれてやまないのか。

愛しいのとも恋しいのとも寂しいのとも何か違う。

ギター弾きは自分を道化だと思う。

ああ、道化だ。

太陽に届かないかと奏で続けているのだから、道化だ。


オルゴールの有線が流れる。

ギター弾きは、オルゴールの音にあわせて連弾を始める。

ピーン。

弦をはじく。

これは命の弦。

あの時半分断った弦。

オルゴールが一定のスピードなのに音数が増える。

ギターも音数を増やす。

かきむしるように奏でる。

こがれる胸のうちをオルゴールの上に乗せる。

届いて、届いて、届いて、

どうか、太陽まで届いて。

感情が暴発する。

おさえていたものがあふれる。

「アキ」「アキ」

オルゴールが狂ったように奏でられる。

有線のそれのはずなのに、

ギター弾きはそれに重なるようにギターをかき鳴らす。


ピーン。

やがて弦を一本はじくと、沈黙。

有線の曲と曲の間の沈黙。

ギター弾きはため息をついた。

こんなことはきっと少ない。

コーヒーがそっと置かれる。

ピエロの顔をした店員が微笑んだ気がした。

「ありがとう」

ギター弾きはコーヒーを口に運ぶ。

苦味がうまい。


この思いは太陽まで届くだろうか。

「太陽は遠くで輝いているのがいい」

ギター弾きはつぶやくと、静かにギターを奏で始めた。

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