ここは斜陽街二番街の、ピエロットという喫茶店。
店に入ればオルゴールの音が聞こえる。
周りを見渡せば、そこかしこにピエロが置かれている。
ピエロの仮面、ピエロの置物、ピエロの絵画、
出迎える店員もピエロの顔をしている。
ピエロットの隅っこのほうに、
ギターを抱えた男がいる。
ピエロットのギター弾きといえば、斜陽街の住人の一人だ。
コーヒーをすすりながら、ギターを奏でているのが日常だ。
彼の過去については、わからないことのほうが多い。
時々、アキという名前をつぶやき、
遠い目をするようなしぐさをする。
前髪が長くてどうも視線はよく見えない。
彼にとって「アキ」は懐かしいもので、遠いもので、とどかないもので、
悲しみとあきらめ、そして、どうにかこの気持ちを届けたいもの。
それは一種の悪あがきに近いらしい。
「アキ」は遠いところにいるらしい。
太陽にこがれる道化になる…
ギター弾きはワンフレーズ歌った。
太陽は遠くで輝いているのがいい、
それなのにどうして、あこがれてやまないのか。
愛しいのとも恋しいのとも寂しいのとも何か違う。
ギター弾きは自分を道化だと思う。
ああ、道化だ。
太陽に届かないかと奏で続けているのだから、道化だ。
オルゴールの有線が流れる。
ギター弾きは、オルゴールの音にあわせて連弾を始める。
ピーン。
弦をはじく。
これは命の弦。
あの時半分断った弦。
オルゴールが一定のスピードなのに音数が増える。
ギターも音数を増やす。
かきむしるように奏でる。
こがれる胸のうちをオルゴールの上に乗せる。
届いて、届いて、届いて、
どうか、太陽まで届いて。
感情が暴発する。
おさえていたものがあふれる。
「アキ」「アキ」
オルゴールが狂ったように奏でられる。
有線のそれのはずなのに、
ギター弾きはそれに重なるようにギターをかき鳴らす。
ピーン。
やがて弦を一本はじくと、沈黙。
有線の曲と曲の間の沈黙。
ギター弾きはため息をついた。
こんなことはきっと少ない。
コーヒーがそっと置かれる。
ピエロの顔をした店員が微笑んだ気がした。
「ありがとう」
ギター弾きはコーヒーを口に運ぶ。
苦味がうまい。
この思いは太陽まで届くだろうか。
「太陽は遠くで輝いているのがいい」
ギター弾きはつぶやくと、静かにギターを奏で始めた。