斜陽街一番街。いつものようにバーがある。
そしていつものように、
ボックス席に妄想屋の夜羽がいる。
有線の音楽が流れている。
静かなジャズだろうか。
音楽はやわらかく店内をめぐっている。
夜羽は頬杖をついた。
要するに暇なのかもしれない。
「どこに行くんでしょうね」
主語がない。
誰がどこに行くのかわからない独り言だ。
マスターは答えない。
いつものようにグラスを拭いている。
「斜陽街を通っていって、どこに行くんでしょうね」
マスターはやっぱり答えない。
夜羽の中にある程度の答えがあることを、
マスターは知っているのかもしれない。
「このボックス席に来た人も、風を吹かせていった人も」
夜羽はテープを片手でもてあそぶ。
「みんな、行先があるんだと思います」
夜羽は帽子に隠れた視線を上げる。
相変わらず目は見えない。
「行くべき場所はある、それを知らない人もいる」
マスターは軽くうなずいた。
夜羽もうなずき返した。
「みんな、あるべき場所を探しているんですよ」
夜羽は、見えない視線をテープに向ける。
『箱席』と書いてある。
からんころん
店に誰かが入ってきた。
生体系だろうか。
カウンター席に座ると、ジントニックを注文した。
夜羽は頬杖ついて見ている。
からからと氷の音がする。
涼しげなジントニックが出来上がる。
バーの外では何があっただろうか。
しばらくこのボックス席から出ていない。
風が吹いているだろうか。
誰かが出て行き、誰かが入ったか。
新しい妄想もあるだろうか。
ボックス席に飽きたら、歩きに行ってもいいかと思った。
からんころん
店に誰かが入ってきた。
客は夢見るように、ふらりとバーの中を歩く。
大きなボストンバッグを持っているが、
はたから見ても空っぽだとわかった。
夜羽はわかる。
きっと妄想の客だ。
そして、見覚えがある。
「列車の旅はいかがでしたか」
夜羽は声をかける。
ふらりとした客は、夜羽のほうに歩み寄り、
ボックス席に腰掛けた。
ボックス席に座り、次の列車に乗るような気がした。
旅人。行先のわからない旅人。
きっとどこかへ重い荷物を置いてきたのだろう。
ふらりとしているが、表情は曇っていなかった。
「どこへ行きますか?」
夜羽が問いかける。
旅人はボストンバッグを持つと、また、旅に出た。
きっとみんな旅人だ。
幸せを探す旅人だ。
縁があったら、
また斜陽街で逢いましょう。