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第349話 末裔

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

丸い雫が彫られた扉の向こうの世界の物語。


「竜神のシステムを使った大きな戦で、水が逃げてしまったのですよ」

店の主人は、昔の話をしている。

空気の底は、昔は緑あふれる国だったこと。

姫と騎士が箱舟に乗ったこと。

水が逃げてしまってから、細々と暮らす砂賊が出てきたこと。

箱舟で時を越えた姫と騎士がいたこと。

昔話は語られる。


「それで、お姫様はどうなったんですか?」

キタザワがたずねる。

「お姫様の末裔は、空気の底で暮らしているよ」

「すごいや、王家の末裔がいるんですね」

キタザワは素直に感心した。

「砂賊の時代も越えて、竜神の末裔は、暮らしていますよ」

「歴史だなぁ」

キタザワはうんうんとうなずいた。


「察するに、ご先祖様でしょ」

ヤジマが割り込む。

「え?」

キタザワはわかっていないが、

店の主人はにっこり笑った。

「姫と騎士の成した命、今でもここに受け継がれています」

「うわ、すごいすごい、握手してください」

キタザワはすごい人でも見たように、ぶんぶんと握手する。

ヤジマは苦笑いして見ている。

「たとえ竜神が全てを焼き尽くしても、その血は受け継がれる」

ヤジマは窓にもたれかかる。

「そういうことですよ」

店の主人が答える。

「姫は、竜神に勝ったのよ。その血を残すことが出来たんだから」

「女の人ってすごいですね」

キタザワはうんうんと納得をする。


店の主人が語りだす。


 たとえ水が逃げても、たとえ全て焼き尽くしても

 姫の血は脈々と受け継がれ

 砂賊の末裔、姫の末裔、その志は受け継がれる

 何よりも美しい砂漠の中

 私たちは生きている


「すごいですよね」

キタザワは素直に感動する。

「生きるって、すごいことですよね」

「そうだな」

ヤジマは簡潔に返す。

窓の外には相変わらず、色のない魚と、空の上に水がある。

砂漠はどこまでも続き、ところどころに砂珊瑚が生えている。

「きれいな砂漠だな」

ヤジマはつぶやく。

店の主人はうなずいた。

「姫が今でも、砂漠を護っていてくれているから。そう思います」

「魂だけになってもか」

「この砂漠は、姫の国なんですよ」

ヤジマはうなずいた。

「誇り高い姫だったんだろうな」


ヤジマとキタザワは、店を後にして斜陽街へと戻っていった。

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