これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
丸い雫が彫られた扉の向こうの世界の物語。
「竜神のシステムを使った大きな戦で、水が逃げてしまったのですよ」
店の主人は、昔の話をしている。
空気の底は、昔は緑あふれる国だったこと。
姫と騎士が箱舟に乗ったこと。
水が逃げてしまってから、細々と暮らす砂賊が出てきたこと。
箱舟で時を越えた姫と騎士がいたこと。
昔話は語られる。
「それで、お姫様はどうなったんですか?」
キタザワがたずねる。
「お姫様の末裔は、空気の底で暮らしているよ」
「すごいや、王家の末裔がいるんですね」
キタザワは素直に感心した。
「砂賊の時代も越えて、竜神の末裔は、暮らしていますよ」
「歴史だなぁ」
キタザワはうんうんとうなずいた。
「察するに、ご先祖様でしょ」
ヤジマが割り込む。
「え?」
キタザワはわかっていないが、
店の主人はにっこり笑った。
「姫と騎士の成した命、今でもここに受け継がれています」
「うわ、すごいすごい、握手してください」
キタザワはすごい人でも見たように、ぶんぶんと握手する。
ヤジマは苦笑いして見ている。
「たとえ竜神が全てを焼き尽くしても、その血は受け継がれる」
ヤジマは窓にもたれかかる。
「そういうことですよ」
店の主人が答える。
「姫は、竜神に勝ったのよ。その血を残すことが出来たんだから」
「女の人ってすごいですね」
キタザワはうんうんと納得をする。
店の主人が語りだす。
たとえ水が逃げても、たとえ全て焼き尽くしても
姫の血は脈々と受け継がれ
砂賊の末裔、姫の末裔、その志は受け継がれる
何よりも美しい砂漠の中
私たちは生きている
「すごいですよね」
キタザワは素直に感動する。
「生きるって、すごいことですよね」
「そうだな」
ヤジマは簡潔に返す。
窓の外には相変わらず、色のない魚と、空の上に水がある。
砂漠はどこまでも続き、ところどころに砂珊瑚が生えている。
「きれいな砂漠だな」
ヤジマはつぶやく。
店の主人はうなずいた。
「姫が今でも、砂漠を護っていてくれているから。そう思います」
「魂だけになってもか」
「この砂漠は、姫の国なんですよ」
ヤジマはうなずいた。
「誇り高い姫だったんだろうな」
ヤジマとキタザワは、店を後にして斜陽街へと戻っていった。