斜陽街一番街。酒屋。
この酒屋には店主のほかに、弟子がいる。
弟子は酒精窟と呼ばれる空間で修行したり、
店主がいない間の店番をしたりしている。
弟子は弟子でがんばっている。
ただ、まだ、満足させる酒を作るにはいたっていない。
弟子は店の前を箒で掃いていた。
あちこちにチョークで落書きがある。
しばらくすればなくなるだろうが、
とりあえず、ゴミを掃いておく。
「おーい」
酒屋が店から呼んでいる。
「はい、なんでしょう」
弟子は箒を置くと、店の中へと戻った。
酒屋は先ほど器屋で買った、漆器を手にしていた。
「酒の試作をやってみないか?」
「試作、ですか?」
「この漆器はそれなりの力が宿っとる」
「器に、ですか?」
弟子は器を見つめる。
酒屋はうなずく。
「噂に聞いた、認定器屋の品やな」
「認定器屋?」
「器屋検定試験を通った、認定器屋という噂や。詳しくは知らん」
「へぇ…」
弟子は漆器をしげしげと見る。
すごいものなのだろうか。
「それじゃ、この漆器で試作してみぃや」
「えっと…」
「外に落書きがあるやろ。少しは出来るはずや」
「わかりました」
酒屋は弟子に漆器を渡す。
そして、二人は店の外に出た。
「では、はじめます」
弟子は漆器を持って、集中する。
酒精窟とも、瓶を持つのとも違う感覚。
漆器が手伝ってくれている感覚。
落書きはふわふわとその本質を浮かべる。
漆器が集める手伝いをする。
弟子は集中する。
何を集めるべきか、何を集めないべきか、
感覚を研ぎ澄ます。
やがて、漆器に酒がくゆり、
弟子は集中を解いた。
漆器の杯には酒が微量。
「飲んでみ」
酒屋が弟子に促す。
弟子は少しだけ飲み、酒屋に渡す。
酒屋も飲み、口の中でくゆらせる。
「腕が上がったな」
酒屋はほめる。
「器の力もあるけどな、ずいぶん判断力があがっとる」
弟子は照れながらも、うなずいた。
弟子自身、おいしいとおもったからだ。
「感覚をもっと研げば、もっと直接的に伝わる酒が出来るはずや」
「がんばります」
弟子は気合を入れる。
酒屋は笑った。
「まぁ、試作にしてはいい出来や。これからもがんばれや」
弟子は大きくうなずいた。
酒屋の弟子の、一歩である。