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第346話 試作

斜陽街一番街。酒屋。

この酒屋には店主のほかに、弟子がいる。

弟子は酒精窟と呼ばれる空間で修行したり、

店主がいない間の店番をしたりしている。

弟子は弟子でがんばっている。

ただ、まだ、満足させる酒を作るにはいたっていない。


弟子は店の前を箒で掃いていた。

あちこちにチョークで落書きがある。

しばらくすればなくなるだろうが、

とりあえず、ゴミを掃いておく。

「おーい」

酒屋が店から呼んでいる。

「はい、なんでしょう」

弟子は箒を置くと、店の中へと戻った。

酒屋は先ほど器屋で買った、漆器を手にしていた。

「酒の試作をやってみないか?」

「試作、ですか?」

「この漆器はそれなりの力が宿っとる」

「器に、ですか?」

弟子は器を見つめる。

酒屋はうなずく。

「噂に聞いた、認定器屋の品やな」

「認定器屋?」

「器屋検定試験を通った、認定器屋という噂や。詳しくは知らん」

「へぇ…」

弟子は漆器をしげしげと見る。

すごいものなのだろうか。

「それじゃ、この漆器で試作してみぃや」

「えっと…」

「外に落書きがあるやろ。少しは出来るはずや」

「わかりました」

酒屋は弟子に漆器を渡す。

そして、二人は店の外に出た。


「では、はじめます」

弟子は漆器を持って、集中する。

酒精窟とも、瓶を持つのとも違う感覚。

漆器が手伝ってくれている感覚。

落書きはふわふわとその本質を浮かべる。

漆器が集める手伝いをする。

弟子は集中する。

何を集めるべきか、何を集めないべきか、

感覚を研ぎ澄ます。


やがて、漆器に酒がくゆり、

弟子は集中を解いた。

漆器の杯には酒が微量。

「飲んでみ」

酒屋が弟子に促す。

弟子は少しだけ飲み、酒屋に渡す。

酒屋も飲み、口の中でくゆらせる。

「腕が上がったな」

酒屋はほめる。

「器の力もあるけどな、ずいぶん判断力があがっとる」

弟子は照れながらも、うなずいた。

弟子自身、おいしいとおもったからだ。


「感覚をもっと研げば、もっと直接的に伝わる酒が出来るはずや」

「がんばります」

弟子は気合を入れる。

酒屋は笑った。

「まぁ、試作にしてはいい出来や。これからもがんばれや」

弟子は大きくうなずいた。


酒屋の弟子の、一歩である。

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