これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。
真っ暗の中、上映されていた映画が終わる。
上映が終わっても真っ暗で、
ウゲツは不安になる。
声も出せない。
どう動いていいかわからない。
彼女はどこに行ったんだ。
導いていた彼女は、どこに行ったんだ。
ウゲツは闇雲に動き、暗い中の出口を探す。
幾つもの障害物らしいものに、ぶつかる。
「ウゲツ」
彼女の声がした。
「もう逢えないかもしれないけど、覚えててね」
彼女の細い声。行かないでほしいと思った。
たくさんの時間をともにした気がするのに、
何で思い出せないんだろう。
「ばいばい、ウゲツ」
ウゲツは闇雲に彼女を追った。
そして彼は、出口を見つける。
扉がある。
開いた。
少年は、扉を開いた。
そこは立ち入り禁止のビルだった。
ロープが張られている。
少年は、ビルから出てきた。
何でここにいたのか、わからない。
なんだか夢を見ていた気がする。
それでも、世界が変わってしまったように感じる。
少年はふらふらと、ビルの出口にあった自転車を起こした。
埃もかぶっていやしない。
少年は、あたりを見回す。
当たり前の少年の町だ。
通りに出れば少年の家まで遠くはない。
少年は、自転車を押した。
不意に、気配を感じた。
振り返れば、猫が一匹、少年を見つめていた。
少年は、何か思い出せただろうか。
首をかしげると、また、自転車を押した。
通りに出て、石畳の上を走る。
カタカタとかすかな音を立てて、自転車は進む。
いつだったか、誰かと一緒に乗っていた気がする。
そんな、気がする。
あの子はどこか別のところに行ったのだろう。
少年はよくわからないなりに、そんなことを思う。
いつもの石畳の通り。
いつもの風景。
帰ろう。
あるべきところに帰ろう。
いつかまた思い出に逢える。
石畳の上を猫が散歩している。
当たり前の風景。
少年は猫を追い越すと、
まっすぐ家へと向かった。
だから聞こえなかった。
猫の声は聞こえなかった。
「思い出に付き合ってくれてありがとう」
そんな声は、聞こえなかった。
猫は細い路地に入ると、どこかへ行ってしまった。