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第343話 石畳

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。


真っ暗の中、上映されていた映画が終わる。

上映が終わっても真っ暗で、

ウゲツは不安になる。

声も出せない。

どう動いていいかわからない。

彼女はどこに行ったんだ。

導いていた彼女は、どこに行ったんだ。

ウゲツは闇雲に動き、暗い中の出口を探す。


幾つもの障害物らしいものに、ぶつかる。

「ウゲツ」

彼女の声がした。

「もう逢えないかもしれないけど、覚えててね」

彼女の細い声。行かないでほしいと思った。

たくさんの時間をともにした気がするのに、

何で思い出せないんだろう。

「ばいばい、ウゲツ」

ウゲツは闇雲に彼女を追った。

そして彼は、出口を見つける。

扉がある。

開いた。


少年は、扉を開いた。

そこは立ち入り禁止のビルだった。

ロープが張られている。

少年は、ビルから出てきた。

何でここにいたのか、わからない。

なんだか夢を見ていた気がする。

それでも、世界が変わってしまったように感じる。

少年はふらふらと、ビルの出口にあった自転車を起こした。

埃もかぶっていやしない。

少年は、あたりを見回す。

当たり前の少年の町だ。

通りに出れば少年の家まで遠くはない。


少年は、自転車を押した。

不意に、気配を感じた。

振り返れば、猫が一匹、少年を見つめていた。

少年は、何か思い出せただろうか。

首をかしげると、また、自転車を押した。


通りに出て、石畳の上を走る。

カタカタとかすかな音を立てて、自転車は進む。

いつだったか、誰かと一緒に乗っていた気がする。

そんな、気がする。

あの子はどこか別のところに行ったのだろう。

少年はよくわからないなりに、そんなことを思う。

いつもの石畳の通り。

いつもの風景。

帰ろう。

あるべきところに帰ろう。

いつかまた思い出に逢える。


石畳の上を猫が散歩している。

当たり前の風景。

少年は猫を追い越すと、

まっすぐ家へと向かった。

だから聞こえなかった。

猫の声は聞こえなかった。


「思い出に付き合ってくれてありがとう」


そんな声は、聞こえなかった。


猫は細い路地に入ると、どこかへ行ってしまった。

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