これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。
イチロウは、トランプをケースに仕舞うと、
また、風景を見た。
遠くに広がる田園地帯。
さまざまの色の屋根。
イチロウは、心を飛ばす気分になる。
イチロウの心が飛ぶ感覚。
田園地帯を一望する鳥のような気分。
もっと飛べば森もある。
山はどんな具合だろうか。
越えていった先には何があるだろうか。
がたんごとん。列車は揺れる。
かんかんかん…
踏み切りの音がする。
イチロウは、目を閉じて心に入り込む。
揺れる列車は、ゆりかごか箱舟だ。
行き先もわからず揺れている。
ただ、その揺れがとても気持ちよくて、
イチロウは、思い出せない母というものを思う。
きっとこんな風に包んでいるものかもしれない。
車両連結の扉が開く。
制服を着た、車掌がやってきた。
ひげをはやして、片方に丸い眼鏡をかけている。
片眼鏡とかいうものかもしれない。
車掌が来たということは、
切符を見られるのだろう。
イチロウは準備した。
車掌は、イチロウの元にやってきた。
「切符を拝見」
イチロウは、切符を渡した。
車掌は切符を見て、スタンプを押す。
「ありがとう」
車掌は、切符をイチロウに返し、
また、どこかへ行った。
イチロウは車掌を見送ると、ふと、気がつく。
どこから切符を出したのだろう。
ボストンバッグのような気もするし、
ボトムのポケットのような気もする。
行き先はどこなのだろう。
それすら確認せずに出してしまった。
切符はどこに行ったのだろう。
それすらわからない。
イチロウはまた、一人でボックス席にいる。
遊ばれたトランプや、本などが置いてある。
また、駅を通り過ぎて行った感じがする。
ボストンバッグは、軽くなった気がする。
本や何かを取り出したから?
わからないけれど、
駅を過ぎていくと、余計なものを置いていく気がした。
余計なものが、みんななくなったら、
あるいはさっき夢想した鳥になれるかもしれない。
列車の行く先に、そんな場所がある気がした。
どこかにつながる場所があって、
記憶から消えた切符は、そこに行ってもいいと言っている気がした。
どこかにはつながっているさ。
イチロウは思うと、腕組みをして眠ることにした。
また、あの箱席で逢いたい。
そんなことを思った。