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第341話 切符

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。


イチロウは、トランプをケースに仕舞うと、

また、風景を見た。

遠くに広がる田園地帯。

さまざまの色の屋根。

イチロウは、心を飛ばす気分になる。

イチロウの心が飛ぶ感覚。

田園地帯を一望する鳥のような気分。

もっと飛べば森もある。

山はどんな具合だろうか。

越えていった先には何があるだろうか。


がたんごとん。列車は揺れる。

かんかんかん…

踏み切りの音がする。


イチロウは、目を閉じて心に入り込む。

揺れる列車は、ゆりかごか箱舟だ。

行き先もわからず揺れている。

ただ、その揺れがとても気持ちよくて、

イチロウは、思い出せない母というものを思う。

きっとこんな風に包んでいるものかもしれない。


車両連結の扉が開く。

制服を着た、車掌がやってきた。

ひげをはやして、片方に丸い眼鏡をかけている。

片眼鏡とかいうものかもしれない。

車掌が来たということは、

切符を見られるのだろう。

イチロウは準備した。


車掌は、イチロウの元にやってきた。

「切符を拝見」

イチロウは、切符を渡した。

車掌は切符を見て、スタンプを押す。

「ありがとう」

車掌は、切符をイチロウに返し、

また、どこかへ行った。

イチロウは車掌を見送ると、ふと、気がつく。

どこから切符を出したのだろう。

ボストンバッグのような気もするし、

ボトムのポケットのような気もする。

行き先はどこなのだろう。

それすら確認せずに出してしまった。

切符はどこに行ったのだろう。

それすらわからない。


イチロウはまた、一人でボックス席にいる。

遊ばれたトランプや、本などが置いてある。

また、駅を通り過ぎて行った感じがする。

ボストンバッグは、軽くなった気がする。

本や何かを取り出したから?

わからないけれど、

駅を過ぎていくと、余計なものを置いていく気がした。


余計なものが、みんななくなったら、

あるいはさっき夢想した鳥になれるかもしれない。

列車の行く先に、そんな場所がある気がした。

どこかにつながる場所があって、

記憶から消えた切符は、そこに行ってもいいと言っている気がした。


どこかにはつながっているさ。

イチロウは思うと、腕組みをして眠ることにした。

また、あの箱席で逢いたい。

そんなことを思った。

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