詩人は、ギター弾きにいくつか作詞をして、
とぼとぼと廃ビルに向かって歩いていた。
小説を書かないか、などと言われた。
詩人は、無茶だと思った。
思ったことを書く詩でさえ、あせりながらなのに、
文章を書くなんてとんでもない!
詩人はプルプルと頭を振った。
そして、大きくため息をついた。
「おや」
詩人に気がついた、誰かが声をかける。
詩人が視線を上げると、
そこには病気屋がいた。
「あ、どうも」
「詩人さんも珍しいですね」
病気屋はもっさりと歩く。
「どこかに出かけられてましたか?」
「あ、はい、ピエロットに…」
「あそこにはギター弾きがいますね」
「あ、詩を作って欲しいといわれて」
「なるほど、作詞ですか」
「た、たいそうなものではありません」
詩人はごにょごにょ、いいよどんだ。
「心を描くのは、難しいですか?」
病気屋がふと思いついたように話し出す。
「心、は、流れを描くような、ものです」
詩人はたどたどと言葉を選ぶ。
「恋愛などどうですか?」
「れんあい!」
詩人は叫んで、プルプルと頭を振った。
「めっそうもないとんでもない、そ、そんなものはかけません」
「そんなものですか?」
「はい」
詩人は答えると、深呼吸をして、ちょっと落ち着く。
「心を、描くことですら、流れを瞬時にとらえつつ、流れを描くようなもの」
「ふむ」
「恋愛は、その中でも、彩色が、難しいものです」
「いろいろありますからね、恋愛」
「私は、恋愛の核を知りません」
「恋愛の核」
「恋愛の核を知り、恋愛の色を知れば、書けるかもしれません」
「詩を作るのも、難しいですね」
「あの、その、いやはや…」
詩人は恐縮して、また、頭を振った。
「誰かを大切に思うのも、恋愛につながりますかね」
病気屋は、ぼんやり問う。
「色彩が、似て、いるかも、しれません」
詩人の答えに、病気屋は微笑んだ。
「きっと、オレンジ色をしていると思います」
「あたたかな色、ですね」
詩人は察しているのかどうかわからない。
あたたかなオレンジ色。
それは病気屋にとって特別な色だ。
立ち話している二人のそばを、
猫が通り過ぎていった。
病気屋が気がつく。
「猫は悩みませんかね」
「猫、は、心のあるように生きて、います」
「きっとそれが一番なのでしょうね」
「はい」
二人は、一礼すると、その場をあとにした。