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第340話 恋愛

詩人は、ギター弾きにいくつか作詞をして、

とぼとぼと廃ビルに向かって歩いていた。

小説を書かないか、などと言われた。

詩人は、無茶だと思った。

思ったことを書く詩でさえ、あせりながらなのに、

文章を書くなんてとんでもない!

詩人はプルプルと頭を振った。

そして、大きくため息をついた。


「おや」

詩人に気がついた、誰かが声をかける。

詩人が視線を上げると、

そこには病気屋がいた。

「あ、どうも」

「詩人さんも珍しいですね」

病気屋はもっさりと歩く。

「どこかに出かけられてましたか?」

「あ、はい、ピエロットに…」

「あそこにはギター弾きがいますね」

「あ、詩を作って欲しいといわれて」

「なるほど、作詞ですか」

「た、たいそうなものではありません」

詩人はごにょごにょ、いいよどんだ。


「心を描くのは、難しいですか?」

病気屋がふと思いついたように話し出す。

「心、は、流れを描くような、ものです」

詩人はたどたどと言葉を選ぶ。

「恋愛などどうですか?」

「れんあい!」

詩人は叫んで、プルプルと頭を振った。

「めっそうもないとんでもない、そ、そんなものはかけません」

「そんなものですか?」

「はい」

詩人は答えると、深呼吸をして、ちょっと落ち着く。

「心を、描くことですら、流れを瞬時にとらえつつ、流れを描くようなもの」

「ふむ」

「恋愛は、その中でも、彩色が、難しいものです」

「いろいろありますからね、恋愛」

「私は、恋愛の核を知りません」

「恋愛の核」

「恋愛の核を知り、恋愛の色を知れば、書けるかもしれません」

「詩を作るのも、難しいですね」

「あの、その、いやはや…」

詩人は恐縮して、また、頭を振った。


「誰かを大切に思うのも、恋愛につながりますかね」

病気屋は、ぼんやり問う。

「色彩が、似て、いるかも、しれません」

詩人の答えに、病気屋は微笑んだ。

「きっと、オレンジ色をしていると思います」

「あたたかな色、ですね」

詩人は察しているのかどうかわからない。

あたたかなオレンジ色。

それは病気屋にとって特別な色だ。


立ち話している二人のそばを、

猫が通り過ぎていった。

病気屋が気がつく。

「猫は悩みませんかね」

「猫、は、心のあるように生きて、います」

「きっとそれが一番なのでしょうね」

「はい」


二人は、一礼すると、その場をあとにした。

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