ジョーカーという者がいる。
道化を演じているような、悲しげな者だ。
老いているのか若いのか、
男か女かもわからない。
極彩色の悪夢から飛び出たような、
きらびやかな衣装。派手な化粧。
ただ、目を覗き込むと、
言い知れぬ悲しみを感じる。
今にも涙が滴り落ちそうな、
そんなジョーカーという者だ。
彼は、生き甲斐がなかった。
ただただ悪夢の中をさまようような生き方に、
どうにか見切りをつけたかった。
そうして見つけたのが、種をまく仕事だ。
おばあさんに代わって、
あちこちに種をまく仕事だ。
種をまくと、
その土地が汚れていれば汚れているほど、
美しい花が咲き、
土地は見る見るよみがえる。
主に腐ったもの、それから有害な化学物質を、
花は固めて、成長するに従って分解して、
種としてばら撒く次第だ。
ジョーカーは、工業地帯に種をまいてみた。
ひどい臭いの排水は、
魚が住めるくらいまで回復し
草木の生えない荒地は、
蝶も鳥もやってくる緑地へと姿を変えた。
花はまた種をつけて、
種は流れて新たに芽を吹く。
灰色の工業地帯が、
美しい緑地へと変わる。
ジョーカーはその様子を、
人の届かないところから、ずっと見守っていた。
子どもたちの笑い声も聞こえる。
遠くに立方体が見える。
灰色の工業地帯と立方体の建物。
それは、それも味気ないものだったのに、
緑あふれる今は、
美しい芸術としてそこにある。
芸術の内側として人がある。
古い慣習に則った暮らしは、
前衛的な建物に溶け込んで、
新たなる文化を構築しつつあった。
自然に回復したと思うだろうか。
ジョーカーはそれでもいいと思った。
道化として生きた所為か、
笑顔があればいいと思った。
痛みを包み、毒を包み、
種は新たなる汚れを探して飛ぶ。
世界が全て美しくなったら、
この花は絶滅するかもしれない。
そして、ジョーカーの役目もなくなるかもしれない。
美しい世界を。
あなたが振り返る美しい世界を。
ジョーカーは祈りのような言葉を思う。
誰もが夢見た美しい世界。
その裏でいいから、この花のことを、
『浄花(じょうか)』を、
覚えていて欲しいと思った。