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第336話 海底

どこかの町。

海の近くのごく普通の町だ。

羅刹は殺意を感じ取り、斜陽街から来ていた。

殺意を形にすること。

そして、殺意の主の生きる気力を糧にすること。

今回も糧にした。

殺意の向く先と、殺意の主。

羅刹は一度に二人くらい殺している気がする。

殺意が多ければもっとだ。

羅刹は、町を歩く。

子どもがはしゃいで走っていく。

洗濯物が舞う。

ごく普通の海沿いの町だ。

羅刹は、サングラスの中で目を細めた。

ちょっとまぶしい気がした。


やがて、羅刹は海岸に出た。

砂浜、長く。海は一見遠浅に見える。

「鳴砂だっけか」

羅刹はつぶやく。

砂屋に頼まれていたことが、ちょっと気になった。

羅刹は、海岸に下りる。

砂から鳴き声は聞こえない。

ぽんぽんと、足踏みしてみる。

思ったような音はならない。

羅刹はなんとなく気まずくなって、引き返そうとする。


ふいに、海が鳴いた気がした。

羅刹は、ボウガンを構える。

復讐に来たのか。

あるいは、嘆いているのか。

悲鳴のような鳴き声がする、そんな気がする。

羅刹は鳴き声の元を追う。

海底に叫びが反響する感じだ。

追いかけて海へと…

入ろうとしたところで、羅刹は引き止められた。

「あっぶねぇなぁ」

日焼けした男が、羅刹を引き止めていた。

羅刹は波打ち際に立っていた。

波打ち際のあたりから、砂が消えているように見える。

「ここの海の底には、空気の底があるって話だ」

「空気の底?」

「落ちたら戻って来れないって話だ。海に近づくもんじゃない」

「呼んでいた気がしたんです」

「行きかけたやつは、みんな言うよ。海底で呼んでいるとな」

「そうですか」

羅刹は海から離れようとした。

その一歩だけ、きゅうと砂がなった。

羅刹は海を見る。

普通の海に見えるけれど、そこに空気の底を持っている、

多分砂が鳴くんだ。

羅刹はそんなことを思う。

空気の底で砂が鳴くんだ。

羅刹は砂屋に伝えようと思った。


「空気の底に行くものじゃないぞ」

日焼けした男が言う。

「空気の底には、竜神の嘆きがあるという。触るもんじゃない」

「竜神」

日焼けした男は、去っていった。

羅刹はまた、海に見入る。

入る気はないけれど、海は何かを抱えているような、

鳴き続ける母親のように見えた。

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