どこかの町。
海の近くのごく普通の町だ。
羅刹は殺意を感じ取り、斜陽街から来ていた。
殺意を形にすること。
そして、殺意の主の生きる気力を糧にすること。
今回も糧にした。
殺意の向く先と、殺意の主。
羅刹は一度に二人くらい殺している気がする。
殺意が多ければもっとだ。
羅刹は、町を歩く。
子どもがはしゃいで走っていく。
洗濯物が舞う。
ごく普通の海沿いの町だ。
羅刹は、サングラスの中で目を細めた。
ちょっとまぶしい気がした。
やがて、羅刹は海岸に出た。
砂浜、長く。海は一見遠浅に見える。
「鳴砂だっけか」
羅刹はつぶやく。
砂屋に頼まれていたことが、ちょっと気になった。
羅刹は、海岸に下りる。
砂から鳴き声は聞こえない。
ぽんぽんと、足踏みしてみる。
思ったような音はならない。
羅刹はなんとなく気まずくなって、引き返そうとする。
ふいに、海が鳴いた気がした。
羅刹は、ボウガンを構える。
復讐に来たのか。
あるいは、嘆いているのか。
悲鳴のような鳴き声がする、そんな気がする。
羅刹は鳴き声の元を追う。
海底に叫びが反響する感じだ。
追いかけて海へと…
入ろうとしたところで、羅刹は引き止められた。
「あっぶねぇなぁ」
日焼けした男が、羅刹を引き止めていた。
羅刹は波打ち際に立っていた。
波打ち際のあたりから、砂が消えているように見える。
「ここの海の底には、空気の底があるって話だ」
「空気の底?」
「落ちたら戻って来れないって話だ。海に近づくもんじゃない」
「呼んでいた気がしたんです」
「行きかけたやつは、みんな言うよ。海底で呼んでいるとな」
「そうですか」
羅刹は海から離れようとした。
その一歩だけ、きゅうと砂がなった。
羅刹は海を見る。
普通の海に見えるけれど、そこに空気の底を持っている、
多分砂が鳴くんだ。
羅刹はそんなことを思う。
空気の底で砂が鳴くんだ。
羅刹は砂屋に伝えようと思った。
「空気の底に行くものじゃないぞ」
日焼けした男が言う。
「空気の底には、竜神の嘆きがあるという。触るもんじゃない」
「竜神」
日焼けした男は、去っていった。
羅刹はまた、海に見入る。
入る気はないけれど、海は何かを抱えているような、
鳴き続ける母親のように見えた。