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第335話 目印

斜陽街のおおよそ番外地。

鳥篭屋は、つかつかと歩いていた。

小さな鳥篭に鈴を入れ、カセットテープを持っている。

つかつか歩くたびに、

しゃんしゃんと鈴が鳴る。

サンダルの乾いた音とともに、

鈴はコロコロしゃんしゃんと鳴る。


鳥篭屋は、はたと止まった。

鈴の音がたくさんになった気がした。

気のせいかと思い、鈴を鳴らす。

しゃん

鳥篭を揺らすと、音。

耳をすませると、遠くでしゃんしゃんとたくさん鳴っている。

鳥篭屋は考える。

この鈴を目印にして、

どこかで鈴の落とし主が探しているのかもしれない。

ならば、何度か鳴らしてみるものだろう。

鳥篭屋は思い至ると、立ち止まったまま、鳥篭を振る。

しゃんしゃん

鳥篭に入った鈴を鳴らす。

呼応するように、遠くでしゃんしゃんと音がする。

鳥篭屋は目を閉じる。

鈴を鳴らせば鈴が答える。

この鈴は多分迷子。

主がきっと探している。

音を目印に探している。

鳥篭を振る。鈴が鳴る。

さっきより幾分近づいた気がして…


しゃーん


鳥篭屋の上で、たくさんの鈴がなった。


鳥篭屋は目を開けて、見上げる。

そこには、天使がいた。

羽にたくさんの鈴をぶら下げている。

鳥篭屋は微笑んだ。

天使に顔はなかった。

「あんたの鈴だね」

天使はうなずき、ふわりと舞い降りる。

「鳥篭ごと、もっておいき」

天使は首をかしげた。

鳥篭というものが、よくわかっていないのかもしれない。

「この鳥篭は、使うと戻れる鳥篭なんだ」

鳥篭屋は説明する。

天使は感覚がわからないらしい。

鳥篭屋も、そんな客には慣れている。

「使うと思えば、それが使ったことなんだよ」

鳥篭屋は天使の手を取ると、

小さな鳥篭を、中に入った鈴ごと渡した。

天使は目がないのに、不思議なものを見るような動作をした。

「なくすんじゃないよ」

天使はうなずいた。

しっかりと、鳥篭をその手で握った。

「あんたの心が目印さ。行きたいところに戻るといいよ」

天使はお辞儀した。

鈴がころころと鳴る。


羽ばたきを大きく一つ。

しゃーん!


鳥篭屋は目を閉じた。

強く風が吹いた気がした。

やがて、風がやむ。

風がやんだそこに、天使はいなかった。

鳥篭もなく、鈴もない。

ただ当たり前のように、斜陽街だけがある。


鳥篭屋は、ため息をつく。

「さて、カセットテープをどうしようかね」

鳥篭屋はまた、歩き出した。

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