斜陽街一番街、酒屋。
建物に染み付いた思いから、酒をつくるという。
酒屋には、師匠の店主と、弟子がいる。
弟子は日々酒を作る修行をして、
師匠はふらりとどこかに出かけては、
酒を瓶に詰めてかえって来る。
風変わりな酒屋だ。
弟子が店の前の掃除をしていると、
大きな立方体を背負った、白装束の男が通りかかった。
和装だということはわかるが、弟子は不思議な人だと思った。
「酒屋はここですか?」
よく通る声で、白装束の男は尋ねる。
弟子はうなずく。
「私は器屋です。縁があってここまで商いに参りました」
立方体を背負った男は、微笑んだ。
器屋は店に通され、
酒屋の店主とで商談になる。
「こっちは大抵使うのが、瓶やからなぁ」
「ぐい飲みなどいかがでしょう」
器屋は立方体から、さまざまの器を取り出す。
「せやなぁ…杯あるかい?」
「焼き物漆器さまざまあります」
「できれば漆器。きれいに赤いのがええ」
「ございます」
器屋は立方体から、美しい漆器を取り出す。
酒屋は漆器を手に取り、さまざまの方向から見定める。
「こりゃええ仕事しとるわ」
「無名という名のある漆器です」
「気に入ったわ、なんぼになる?」
商談は成立したらしい。
器屋は、取り出した器を仕舞う。
酒屋は奥に行って器を仕舞ってきたらしい。
「また、何で斜陽街に?」
酒屋はたずねる。
「縁があったからです」
器屋は答える。
「人に縁があるように、器にも縁があります」
「ほう」
「器の縁を結びつけるのが、器屋だと私は思います」
「なるほどなぁ」
酒屋は感心する。
「選びようによっては、器に神が満ちることもあります」
「神、神様かいな」
「神の器、神の資質、そして、結びつける縁」
「ふむ」
「それが全て整うと、あるいは神が顕現するのかもしれません」
「面白い話やな」
「ありがとうございます」
器屋は軽く礼をした。
「たとえば、やけど」
「なんでしょう」
「邪な縁で、結ばれた器はどないする?」
「その場合は、縁切りを頼むのです」
「ほう」
「行商ですけれど、縁切りの出来る知り合いがいます」
「いるんか」
「まだ若いですけれど、腕前は、確かです」
「行商もいろいろやな」
酒屋は素直に感心して、
器屋は支度を整えた。
「それではまた、縁がありましたら逢いましょう」
器屋は、どこかを目指して去っていった。