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第328話 器

斜陽街一番街、酒屋。

建物に染み付いた思いから、酒をつくるという。

酒屋には、師匠の店主と、弟子がいる。

弟子は日々酒を作る修行をして、

師匠はふらりとどこかに出かけては、

酒を瓶に詰めてかえって来る。

風変わりな酒屋だ。


弟子が店の前の掃除をしていると、

大きな立方体を背負った、白装束の男が通りかかった。

和装だということはわかるが、弟子は不思議な人だと思った。

「酒屋はここですか?」

よく通る声で、白装束の男は尋ねる。

弟子はうなずく。

「私は器屋です。縁があってここまで商いに参りました」

立方体を背負った男は、微笑んだ。


器屋は店に通され、

酒屋の店主とで商談になる。

「こっちは大抵使うのが、瓶やからなぁ」

「ぐい飲みなどいかがでしょう」

器屋は立方体から、さまざまの器を取り出す。

「せやなぁ…杯あるかい?」

「焼き物漆器さまざまあります」

「できれば漆器。きれいに赤いのがええ」

「ございます」

器屋は立方体から、美しい漆器を取り出す。

酒屋は漆器を手に取り、さまざまの方向から見定める。

「こりゃええ仕事しとるわ」

「無名という名のある漆器です」

「気に入ったわ、なんぼになる?」

商談は成立したらしい。


器屋は、取り出した器を仕舞う。

酒屋は奥に行って器を仕舞ってきたらしい。

「また、何で斜陽街に?」

酒屋はたずねる。

「縁があったからです」

器屋は答える。

「人に縁があるように、器にも縁があります」

「ほう」

「器の縁を結びつけるのが、器屋だと私は思います」

「なるほどなぁ」

酒屋は感心する。

「選びようによっては、器に神が満ちることもあります」

「神、神様かいな」

「神の器、神の資質、そして、結びつける縁」

「ふむ」

「それが全て整うと、あるいは神が顕現するのかもしれません」

「面白い話やな」

「ありがとうございます」

器屋は軽く礼をした。


「たとえば、やけど」

「なんでしょう」

「邪な縁で、結ばれた器はどないする?」

「その場合は、縁切りを頼むのです」

「ほう」

「行商ですけれど、縁切りの出来る知り合いがいます」

「いるんか」

「まだ若いですけれど、腕前は、確かです」

「行商もいろいろやな」

酒屋は素直に感心して、

器屋は支度を整えた。

「それではまた、縁がありましたら逢いましょう」

器屋は、どこかを目指して去っていった。

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