目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第326話 手札

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。


イチロウは本を読んでいた。

ボストンバッグの中にあった本だ。

ある程度読み終え、こきこきと肩を上げ下げする。


ボックス席の向かい側に座る人もいない。

列車は全体的に空いているらしい。

イチロウの他に人の気配が薄い気がする。

イチロウは、ボックス席の向かい側の席に、

読んでいた本を数冊置いた。

そして、また、ボストンバッグをあさる。

何が入っていたかは思い出せない。

ただ、重いボストンバッグには、他にも何かあるだろうと踏んだ。

はたして。バッグの中にはトランプが入っていた。

暇つぶしにはなるだろう。

イチロウは、トランプをケースから取り出すと、

器用にトランプをシャッフルして、適当な一人遊びを始めた。


手札、場の札、山の札。

トランプをいろいろと組み替えて一人遊びをする。

多分ソリティアと呼ばれる類のものだ。

イチロウは、一度シャッフルしたトランプを、

わざと制限つけてそろえている。

普通にそろえればいいのだが、

結局は、暇つぶしである。

イチロウは、山札から一枚めくって手札に入れた。

イチロウは、おやと思ったらしい。

そこにはジョーカーがニヤニヤ笑っていた。

イチロウは、小さくため息をつくと、

ジョーカーをケースに入れた。

どうやら要らない札だったらしい。


イチロウは一通りそろえ終わると、

今度はトランプで占いをするようだ。

やっぱりシャッフルして、

それっぽく札を置く。

数枚山にして、上をめくる。

数枚山にして、上をめくる。

繰り返して、最後の山の上をめくる。

そこには、先ほどのジョーカーがニヤニヤ笑っていた。

イチロウは、トランプのケースを見る。

ジョーカーは、いつの間にかケースからなくなっている。


がたんごとん。列車は揺れる。


ジョーカーは、列車の揺れで、すっと席から落ちていった。

イチロウはあわてて追う。

どこかの間に入ってしまったのか、ジョーカーは見えない。

イチロウは、席にかけなおして、

トランプを整頓する。

そして、シャッフル。

何の気もなく、イチロウは、一番上の手札をめくってみた。

そこには、ジョーカーがニヤニヤ笑っていた。


かんかんかん…踏み切りの音が通り過ぎていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?