これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
針金模様の細工のしてある扉の向こうの物語。
イチロウは本を読んでいた。
ボストンバッグの中にあった本だ。
ある程度読み終え、こきこきと肩を上げ下げする。
ボックス席の向かい側に座る人もいない。
列車は全体的に空いているらしい。
イチロウの他に人の気配が薄い気がする。
イチロウは、ボックス席の向かい側の席に、
読んでいた本を数冊置いた。
そして、また、ボストンバッグをあさる。
何が入っていたかは思い出せない。
ただ、重いボストンバッグには、他にも何かあるだろうと踏んだ。
はたして。バッグの中にはトランプが入っていた。
暇つぶしにはなるだろう。
イチロウは、トランプをケースから取り出すと、
器用にトランプをシャッフルして、適当な一人遊びを始めた。
手札、場の札、山の札。
トランプをいろいろと組み替えて一人遊びをする。
多分ソリティアと呼ばれる類のものだ。
イチロウは、一度シャッフルしたトランプを、
わざと制限つけてそろえている。
普通にそろえればいいのだが、
結局は、暇つぶしである。
イチロウは、山札から一枚めくって手札に入れた。
イチロウは、おやと思ったらしい。
そこにはジョーカーがニヤニヤ笑っていた。
イチロウは、小さくため息をつくと、
ジョーカーをケースに入れた。
どうやら要らない札だったらしい。
イチロウは一通りそろえ終わると、
今度はトランプで占いをするようだ。
やっぱりシャッフルして、
それっぽく札を置く。
数枚山にして、上をめくる。
数枚山にして、上をめくる。
繰り返して、最後の山の上をめくる。
そこには、先ほどのジョーカーがニヤニヤ笑っていた。
イチロウは、トランプのケースを見る。
ジョーカーは、いつの間にかケースからなくなっている。
がたんごとん。列車は揺れる。
ジョーカーは、列車の揺れで、すっと席から落ちていった。
イチロウはあわてて追う。
どこかの間に入ってしまったのか、ジョーカーは見えない。
イチロウは、席にかけなおして、
トランプを整頓する。
そして、シャッフル。
何の気もなく、イチロウは、一番上の手札をめくってみた。
そこには、ジョーカーがニヤニヤ笑っていた。
かんかんかん…踏み切りの音が通り過ぎていった。