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第324話 映画

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。


ウゲツはネココを追いかけた。

ネココの軽い足音と、ウゲツの足音がする。

自転車の、かすかな軋みすら聞こえる。

音が少なくなっているのか、

お囃子が遠くなっているのか。

立方体の立ち並ぶ中、

ウゲツはネココを追いかけた。


やがて、立方体の角を曲がると、

そこに、不思議なものが姿を現した。

色あせかけた大きな看板。たくさんたくさん。

大き目のもので、題が描かれている…

多分これは映画の看板だ。

しかも、手書きなんかで書かれている、

かなり古い年代ものだとウゲツは思った。

ウゲツの知らないタイトルの看板が、

ウゲツの前に、右に左に。

後ろを振り返れば、

来た路地も看板で覆われていた。


「過去が気になる?」

声のほうを向けば、ネココがにっこり笑っていた。

「ここはキネマストリートだよ」

ウゲツはそんなものをはじめて聞いた。

「映画横丁だよ。ごらんの通り、映画をやっているの」

ネココはひらりと看板の中をステップする。

看板の群れの中、

電飾がちらちらと見える横丁がある。

「ここから入るんだよ」

ウゲツは自転車を押していく。

そして、横丁の入り口あたりで自転車を停めた。

「さぁ、もうすぐキネマが始まるよ」

ネココは横丁を駆けていく。

ウゲツは後を追った。


横丁は、どうやら映画上映を、

あっちこっちでやっているらしい。

こんなに狭いところで、

どうやってこんなにたくさん上映するんだろうか。

ウゲツはあまり映画を見ないが、

疑問には思った。

立ち止まって上映時間を見ようとする。

印刷がかすれたり、にじんだりしている。

「はやくはやく」

ネココの声がした。

横丁の中ほどで手招きをしている。

ウゲツは走った。


ネココはガラスのドアを開けて待っている。

「針金座キネマにようこそ」

ネココはにっこり笑って案内する。

「知るべきものは、知る」

ネココはくるりと回る。

「知らないものには、どうでもいいこと」

ネココはウゲツを上目遣いで見つめる。

猫のような瞳だ。

ネココはくしゃっと笑った。

「映画なんてそんなものだよ、もうすぐ始まるよ」


ウゲツとネココは、上映ホールに吸い込まれていった。

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