これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
アルミの細工のしてある扉の向こうの物語。
ウゲツはネココを追いかけた。
ネココの軽い足音と、ウゲツの足音がする。
自転車の、かすかな軋みすら聞こえる。
音が少なくなっているのか、
お囃子が遠くなっているのか。
立方体の立ち並ぶ中、
ウゲツはネココを追いかけた。
やがて、立方体の角を曲がると、
そこに、不思議なものが姿を現した。
色あせかけた大きな看板。たくさんたくさん。
大き目のもので、題が描かれている…
多分これは映画の看板だ。
しかも、手書きなんかで書かれている、
かなり古い年代ものだとウゲツは思った。
ウゲツの知らないタイトルの看板が、
ウゲツの前に、右に左に。
後ろを振り返れば、
来た路地も看板で覆われていた。
「過去が気になる?」
声のほうを向けば、ネココがにっこり笑っていた。
「ここはキネマストリートだよ」
ウゲツはそんなものをはじめて聞いた。
「映画横丁だよ。ごらんの通り、映画をやっているの」
ネココはひらりと看板の中をステップする。
看板の群れの中、
電飾がちらちらと見える横丁がある。
「ここから入るんだよ」
ウゲツは自転車を押していく。
そして、横丁の入り口あたりで自転車を停めた。
「さぁ、もうすぐキネマが始まるよ」
ネココは横丁を駆けていく。
ウゲツは後を追った。
横丁は、どうやら映画上映を、
あっちこっちでやっているらしい。
こんなに狭いところで、
どうやってこんなにたくさん上映するんだろうか。
ウゲツはあまり映画を見ないが、
疑問には思った。
立ち止まって上映時間を見ようとする。
印刷がかすれたり、にじんだりしている。
「はやくはやく」
ネココの声がした。
横丁の中ほどで手招きをしている。
ウゲツは走った。
ネココはガラスのドアを開けて待っている。
「針金座キネマにようこそ」
ネココはにっこり笑って案内する。
「知るべきものは、知る」
ネココはくるりと回る。
「知らないものには、どうでもいいこと」
ネココはウゲツを上目遣いで見つめる。
猫のような瞳だ。
ネココはくしゃっと笑った。
「映画なんてそんなものだよ、もうすぐ始まるよ」
ウゲツとネココは、上映ホールに吸い込まれていった。