どこかの扉の向こう。
斜陽街でないどこか。
夢魔と呼ばれる存在がいる。
夢を操ったり、夢を食べたりする。
悪魔ではないが、魔性の存在だ。
夢魔は夜の夢を渡り歩いて、
おいしそうな夢を少しずつ、いただいている。
それは夜開きの花。
夜に花咲く、夢魔の好物の花だ。
知らないうちに夢を忘れているときは、
夢魔が食べてしまったものだ。
夢魔はふわりと夜を歩く。
夜の街は静かで、夜開きの花の開く音さえ聞こえる。
夢魔はゆったりと音に揺られる。
ゆっくり開く音、官能的な音ですらある。
「いいねぇ」
夢魔はゆらゆらと、夜開きの花を一つ口にする。
「ふむふむ、原色の悪夢ですな」
趣よりも少し凶暴な味がしたような気がした。
原色の、乱暴にキャンバスに書きなぐったような、そんな味。
夢魔はそんなものを感じ取った。
「もう少し摘んだら、この町の夜の、傾向がわかりますかな」
夢魔はふらりと夜に舞い、適当に夜開きの花を摘む。
摘んだ時点でかなり色が濃い。
夢魔は観賞すると、するりといただく。
「ほう」
夢色の吐息が漏れる。
「原色の悪夢ですな」
また、無邪気に叩きつけたような悪夢。
夢魔は悪夢を嫌いではないが、続くことは珍しい。
「さて、この町に何かありましたかな」
夢魔は夜の町を飛ぶ。
見世物小屋が小さくあるのを見つけた。
夢魔はなんとなく理解した。
異形の者を見たゆえに、悪夢にうなされるものがいるのだと。
そして夢魔は思う。
異形の夢とはどんなものだろうかと。
夢魔は見世物小屋の連中が眠っているそばにやってくる。
異形のもの。
夜開きの花は、夢魔と、花術を扱うものくらいしか見えない。
その花を咲かせては、摘み取る。
原色の夢。それでも、はかない夢。
悪夢を見せている存在は、ガラスのように脆いらしい。
夢魔は、夜開きの花を適当に摘み取り、口にして味わう。
違和感を感じる。
「これは夢じゃない」
つぶやくと、一つ吐き出す。
「変身願望ですかな、これは」
夢魔はぽいと捨てる。
夢に用事はあるが、
いじるものでない限り、願望はあまりいらない。
「人間になりたい狼の願望など、要りませんよ」
夢魔はふわりと飛んでいく。
遠くで、狼の遠吠えが聞こえた気がした。
月は丸く、夜を彩っていた。