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第322話 変身

どこかの扉の向こう。

斜陽街でないどこか。


夢魔と呼ばれる存在がいる。

夢を操ったり、夢を食べたりする。

悪魔ではないが、魔性の存在だ。


夢魔は夜の夢を渡り歩いて、

おいしそうな夢を少しずつ、いただいている。

それは夜開きの花。

夜に花咲く、夢魔の好物の花だ。

知らないうちに夢を忘れているときは、

夢魔が食べてしまったものだ。


夢魔はふわりと夜を歩く。

夜の街は静かで、夜開きの花の開く音さえ聞こえる。

夢魔はゆったりと音に揺られる。

ゆっくり開く音、官能的な音ですらある。

「いいねぇ」

夢魔はゆらゆらと、夜開きの花を一つ口にする。

「ふむふむ、原色の悪夢ですな」

趣よりも少し凶暴な味がしたような気がした。

原色の、乱暴にキャンバスに書きなぐったような、そんな味。

夢魔はそんなものを感じ取った。

「もう少し摘んだら、この町の夜の、傾向がわかりますかな」

夢魔はふらりと夜に舞い、適当に夜開きの花を摘む。

摘んだ時点でかなり色が濃い。

夢魔は観賞すると、するりといただく。

「ほう」

夢色の吐息が漏れる。

「原色の悪夢ですな」

また、無邪気に叩きつけたような悪夢。

夢魔は悪夢を嫌いではないが、続くことは珍しい。

「さて、この町に何かありましたかな」

夢魔は夜の町を飛ぶ。

見世物小屋が小さくあるのを見つけた。

夢魔はなんとなく理解した。

異形の者を見たゆえに、悪夢にうなされるものがいるのだと。

そして夢魔は思う。

異形の夢とはどんなものだろうかと。


夢魔は見世物小屋の連中が眠っているそばにやってくる。

異形のもの。

夜開きの花は、夢魔と、花術を扱うものくらいしか見えない。

その花を咲かせては、摘み取る。

原色の夢。それでも、はかない夢。

悪夢を見せている存在は、ガラスのように脆いらしい。

夢魔は、夜開きの花を適当に摘み取り、口にして味わう。

違和感を感じる。

「これは夢じゃない」

つぶやくと、一つ吐き出す。

「変身願望ですかな、これは」

夢魔はぽいと捨てる。

夢に用事はあるが、

いじるものでない限り、願望はあまりいらない。

「人間になりたい狼の願望など、要りませんよ」

夢魔はふわりと飛んでいく。

遠くで、狼の遠吠えが聞こえた気がした。


月は丸く、夜を彩っていた。

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